楽しいの周り



・4月20日月曜日 #2
 土曜日に久しぶりに海に入った。神奈川に来てからは名古屋にいた頃よりも海はすこし近くなったけれど、なんとなく「湘南の海」というイメージに苦手意識を抱いていた自分がいて、サーフィンをしに海へ向かう気にはなれなかった。もっとも、地元にいた頃も頻繁に海へ行っていた訳ではないし、腕前も未だ初心者レベルだということは言っておかなければならない。
 妻の学生時代のスケボー仲間が近年は専らサーフィンにはまっているというのを前から聞いていて、いつか一緒に行こうと誘ってくれていた。久しぶりに会ったりメールでやり取りをする機会があれば自然とそんな話になるものだから、ただの挨拶のようなものとしか初めは捉えていなかった。そのうちの一人は趣味でサーフボードを自作し始め、自宅とは別に海の近くにアパートを借りて、サーフィンを楽しむ生活を作りあげていた。
 車で彼らの待つアパートへ行くと畳の部屋でくつろぐ彼らがいた。壁にはサーフボード用のラックが造り付けられていて、さながらリラックスした(し過ぎた)サーフショップのような雰囲気すらあった。すだれを通してやわらかく日が差し、その光景には早くも夏を感じた。そして、彼らとは仲良くなれそうだと思った。もう一人の友人の到着を待ってみんなで板を抱え、海へ歩いて行った。
 海から上がった後、アパートに戻って順番でシャワーを浴びたり昼ご飯を食べ、コンビニで買ってきた缶ビールで乾杯した。僕は妻とのジャンケンに勝ったのだ。そんな、すべてから解放されたようなリラックスした、そして適度に疲労感も得た休日を過ごしていると懐かしい日々が思い出されてきた。あの頃は仕事も遊びも好きな場所に身を置いていて、今思い返すと「楽しかった」というそのシンプルな一言が一番ぴったりくる。そして、なんとなく最近またそんな生活が始まったような気がしている。けれど、今のその「楽しい」にはあの頃よりもきっともうすこし異なるニュアンスやディティールが含まれているのではないか。そんな「楽しい」の周りにある色々を大事にできればと思う。そうしてゆくうちに「楽しい」の枠が拡がってゆき、そんな気分にもっと包まれながら日々を過ごしていけるのではないか、なんて希望を抱いてみたい。

A WINDOW STORY


・4月20日月曜日
 きっと厚木基地の騒音対策なのだろう、うちの窓はどれも防音サッシだ。たまに機嫌のいい夜なんかに、隣家を気にせず大きな音で音楽を聴くことができて気に入っている。飛行機の音はたまにうるさい時があるという程度なので、防音サッシの存在に気付いたときはなんとなく得した気分だった。
 けれどなぜかトイレの窓だけは古い木のサッシで、笹の葉のような模様の磨りガラスに穴の空いた青い網戸と、そこだけローテク感が漂う。(家自体も決してハイテクではないが。) 風の強い日にはカタカタ音を立てたりするが、それはそれで気に入っている。なによりも、そんな一角があることで多少なりとも力の抜けた空間が在るという、矛盾を伴う安心感のようなものを感じるのだ。そしてその窓の向こうには裏に住むお婆さんが腰を曲げて作業をする畑が見えることも、そんな温かい印象を感じずにはいられない大きな理由だ。
 なぜトイレの窓だけなのかは謎のままだが、きっと作った人もわかっていたんだなと、勝手な解釈で都合のいい後味を残す。

nagai hiroshi/ growing green 1996



・4月6日月曜日
 永井宏展開催中の等々力巣巣で、象の音楽の朗読と山田稔明さんのライブを観た。どちらも何度も観ているけれど、昨日は昨日の心地いい感動があって、先輩たち(勝手に)の姿に自分のこれから先の道を照らしてくれるような明かりを見た。何度も観ているけれど、なんて書いたが、それは間違った考えが出てしまった言い方だと訂正しなくてはと思う。昨晩の帰り道「やっぱりライブはちょくちょく観に行った方がいいね」という会話をした。いいライブを観るとその都度自分の中に芽生えたり湧き立つものがあり、自然と自分の立ち位置や方向性を確認する作業が生まれている。昨日もそんな夜だった。日頃SNSなどのインターネット上で活動の様子を眺めていると、すこしだけその人の表現自体を理解している気になっていることがあるかもしれない。否定したいけれど、それがさっきの表現に出てしまった気がするのだ。当たり前だけれどライブの魅力はそういうところで、何度観たことがあっても、やっぱり昨日は昨日の心地いい感動があって、事実今日は気持ちが明るい。冬の間すこし雲がかかっていた自分の道にもちゃんと清々しい春が訪れたような、そんな気分。気が付けば足元に花の蕾もぽこぽこ出てきている。半袖・裸足で過ごせる今日みたいな陽気が、こんなふうに前向きな気分にさせてくれているのだとも思う。
 先日ご自宅へもお邪魔させていただいた永井さんの奥さま恵子さんは、もうすこしで故郷の北海道へ。その前にまたお会いできてよかった。僕が19歳の頃に初めてお会いしてからちゃんとおしゃべりのできる関係になったのは割と最近のことだが、ぼくは勝手に恵子さんはどんどん表情が明るくなっていると感じていて、これからもそうであってほしいと、今は心から願うばかり。気の利いた言葉を伝えることができなくて、お元気でいてください、と言うのがやっとだった。

展示は15日まで。
永井宏展/ growing green 1996