誰かのお決まりコース



12月27日土曜日
 夜明け前に起き上がって温泉に入り、部屋で入稿ギリギリのデータをつくった。こんなところに仕事を残して持って来た自分が情けなかった。チェックアウトを済ませてからまたフラッと歩き、近くの100円で入れる温泉に入った。福岡の友人がおすすめしてくれたその温泉がとても好く、一緒に入っていた常連のおじいさんもなかなか画になっていた。ぼくが先に着替えて出るとき、「また会いましょうー」と言って手を振ってくれたのが可笑しかった。外に出たところで一人のおばあさんがベンチに腰掛けていて、ぼくもそこに腰掛けて靴ひもを結んだ。数カ月かけてその周辺の温泉をすべて巡り、その末にここの浴場の会員になった、という話を聞いて嬉しくなった。別府を出る前に最後に選んだ温泉だった。
 その前日も別府に来る前に石仏を観に行ったのだが、その日も福岡に帰る前に一カ所また石仏を観に車を走らせた。石彫をしている妻の希望で行ったのだが、思いのほかそのどちらもとてもよくて、ぼくも何かしら感じるものがあった。
 福岡で過ごす最後の夜は友人夫婦とまた合流し、お決まりのように遅くまで屋台で飲み、ラーメンを食べた。ぼくはおでんは大根が一番好きだ。そして、特に誰にも言わなかったのだが、その屋台で食べた大根のおでんは、もしかしたら今までで一番美味しかったかもしれない。

硫黄の匂いと子どもの頃の記憶



12月26日金曜日
 レンタカーを借り、すこし足を伸ばして別府へ行った。至る所から湯煙が立ち上る景色に興奮し、宿に荷物を降ろし、外を歩いて回る。その先を進んで行けば見晴らしのいい場所へ通じている気がして歩き続けていると、犬の散歩をしていた地元のおばあちゃんが「この先に行っても何もないし、暗くなるから戻った方がいい」と教えてくれた。引き返してスーパーに寄って食材を買い、宿に戻って温泉に入った。その地域の名物でもある「地獄蒸し」と呼ばれる、温泉の蒸気を利用した蒸し料理を作った。野菜や卵やウインナーを蒸しただけなので料理とは呼べない程度だが、情緒ある夕飯をそれなりに楽しんだ。夜中にひとりでもう一度貸し切り状態の温泉に入り、部屋で安いワインをひと口飲んで寝た。ベランダに出していたワインは冷えていて美味しかった。ぼくは赤ワインでも冷えているのが好きだ。それと、温泉の硫黄の匂いも嫌いじゃない。子どもの頃、夏に汗疹ができると、お風呂でムトウハップという黄色い液体を使っていた記憶が、その匂いによって思い出されるのだ。

深い感銘を受けました



12月25日木曜日
 夕方、羽田空港の滑走路を眺めながらカレーライスを食べた。初めての福岡、というより初めての九州半島上陸で、おまけに初対面の妻の友人夫婦を訪ねる旅行だった。友人宅へ向かう車内で、街のつくりが地元名古屋に似ているなと思った。美味しいご馳走とお酒で迎えられ、気分よくワインが進む。その夫婦との出会い、そして今回の福岡滞在中にその旦那さんから聞く話は、ぼくのこれから先のことに大きく影響するだろうと、感覚的に思っていた。『風立ちぬ』を観てからぼくは割とその言葉を使いがちなのだが、その夜は確かに「深い感銘を受けた」のだった。そして、その後二日間の旅行のこと以上に、家に帰ってから、そして年が明けてからの新しい暮らしという、果てしない道が目の前に開けた気がした。沸かしてくれたお風呂には入らず眠ってしまった。

街の明かりを家に持ち帰る

12月24日水曜日
 夕方から街へ出て、クリスマスイブのきらきらした雰囲気を横目に、と言いながら自分もすこしばかり楽しんだ。町田駅では待ち合わせなどに使いやすい開けたスペースがあり、そこでは普段からよくライブをする若いミュージシャンたちを見掛ける。足を止めて聴く人は少なく自分もまたその一人だが、その日はジャズバンドがきもちよくクリスマスナンバーを演奏し続けていて、ニコニコしながら聴いている人々も多く、暖かい光景が見えた。といってもぼくは足を止めるまではせず、いつもよりすこしその演奏を聴きながらゆっくり歩いた。街には長居せず帰宅し、ぼくらも多少浮かれた気分で夕飯をつくった。

親孝行とは言えない程度の 2

12月23日火曜日
 母親は特に行きたい場所やしたいことなどの希望は無いと言った。海辺の町へ出掛け、ぼくらの行きたい美術館やお店を周り、すぐに夜になった。そして新幹線に乗り換えやすい駅まで送って見送った。楽しませるというよりも、自分たちの用事に付き合わせたと言った方がいいような一日。「素敵な一日だった」という喜びのメールが届き、こんなのでよかったのかなという気分。心のどこかに、もう少し待ってて欲しい、という気持ちが残る。目を細めてすこし先の未来を見ようとする。

親孝行とは言えない程度の


12月22日月曜日
 夕方、愛知から母親が初めて家に遊びに来た。駅でピックアップし、家に荷物を降ろすと、コーヒーが飲みたいというので淹れた。いつものように大袈裟なほど、ぼくが淹れたコーヒーは美味しい美味しいと言って飲んでいた。実家に暮らしていた学生時代、母親の仕事の帰りが遅い日がよくあって、もう日付が変わる頃にコーヒーを淹れて二人で飲むという習慣があった。
 特に家ですることもないので、母を連れて散歩に出たかった。日が暮れはじめてきたので、コーヒーをすこし急いで飲み干し外へ出る。坂の多い近所の道を歩き、近くの公園まで行った。もうその時間には陽は向こうの山の裏側に沈んでいて、控えめな夕焼けだけが残っていた。公園の中の丘の上まで歩いて、すこしの間向こうの景色を眺めたりしてまた引き返す。散歩の道中、すれ違う人に小声で「こんばんは〜」という母の声が何度か聞こえた。そういえば実家の周りで散歩をしていた時は、ぼくもすれ違う人と挨拶を交わしていたが、いつからかその習慣がほとんどなくなっていることに気付いた。
 夜は仕事帰りの妻を拾って温泉に。そして帰ってから部屋でビールとホットワインを飲んだ。母親は上機嫌で、ひとまず今日はこれでいいのかなという気分。

年末の来客

 せめて次の写真展が始まるまでは毎日書こうと思っていたのだがうまくいかない。頭の隅には日記を書くことへの意識は一応持ち続けてはいたのだが、どうもその時間をとれずに日々が過ぎた。別に忙しかった訳ではないのに。それを立て直すつもりで、すこし遡って書いてみようと思う。

12月21日日曜日
 最近は、特に12月は来客が多い。この日は今年から仲良くしている友人カップルが遊びに来る予定だったが、急な仕事で来れなくなってしまった。その代わりに、タイミングよく妻の幼なじみの友人がそのお母さんと一緒に遊びに来てくれた。ぼくは朝から頭痛で寝込んでいたのだが、夕方、下の階からコーヒーのいい香りが登ってくるころには楽になって来てやっと動き出した。皆のもとに顔を出すとコーヒーはもう残っていなかったが、休日の夕方らしいゆっくりした時間が流れていた。友人のお母さんがいるというのもなかなか無い光景で、けれどそれもまた落ち着いた雰囲気を生み出していたのだと思う。日が暮れてから二人は家を後にし、ぼくはコーヒーを淹れて、手土産でいただいたケーキを食べた。

それにしてもたくさんの道

 昨日は雨の中、黒い革靴を買いに行った。実家に黒い革靴を置いて来て以来、ずっと持たずに来た。葬式などの時に茶色いカジュアルな革靴を履いて行くしかなく、すこし恥ずかしさを感じたことがあった。それと就職活動のようなことをし始めたので、このタイミングで用意したという訳だ。買ったと言っても安くて適当なものを選んだだけだが、玄関にあることですこし安心感がある。そんなもので感じる安心感というものを疑いながら。
 一昨日はいい出会いが続いた。一日に何人もの興味ある人々と知り合える機会はあまりない。熱燗を一緒に飲んだ友人のうれしそうな顔が記憶に残る。そして、となりでそんな彼をうれしそうに見守る優しい彼女の顔も。
 専門学校を卒業した頃、「それぞれ進む道の先で、また会える日まで」と似合わない臭い台詞をメールしてくれた友人がいた。なかなか連絡がつかない彼のことを何故か思い出している。それにしてもたくさんの道があるものだ。

陽当たりのよい机

 自宅の一階にあるぼくの暗室兼作業部屋は陽当たりが悪くこの時期になると冷えるので、他で出来る作業は他の部屋へ行ってやるようになる。二階のリビングと呼んでいる部屋は陽当たりがよく、晴れている昼間は冬でも暖かい。部屋の角にひとつ机があり、普段ぼくはあまり使わないのだが、今日は珍しくその机に向かって一日を過ごした。その斜め前に大きな窓があり、外には庭の一部と大家さんの大きな家、そして大家さんの家に植わっているいくつかの大木が見える。八重桜の木以外は何の木か知らない。そういえばあまりちゃんと見たことが無いし、もっと言えば自分の庭の木々すら思うように管理できていない。それでも、今日みたいな青空が広がる昼間、その水色と赤やオレンジ、そして常緑樹の緑が窓の外に見えると、すこしばかり見とれることだってあるのだ。そんな景色をiPhoneで写真に撮ってもどうにもうまく映らなかった。風呂で温まった体も冷えはじめてきた今はもう夜中の一時で、やっぱり二階のその机に向かっている。

PASSING THROUGH



"PASSING THROUGH"
Photos and Texts by Atsushi Sugie

日時|2015.1.10sat - 18sun  10:30 -19:30  ※木曜定休 
場所|LOCAL (眼鏡店) http://local-optical.com/
   神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-10-8

[Opening Party + poetry reading]
2015.1.10sat  20:00 - 22:00|¥500 (ドリンク+Zine1冊付)
展示写真に関連した文章・詩の朗読も行います。
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 朝晩はずいぶんと冷えてきました。各地の山の方に暮らす友人たちのところではもう雪が降り始めているようで、こちらもこちらのペースで、しっかりと冬になっています。最近の生活の中で一番それを感じる時は朝のゴミ出しです。昨日の重たい雲の一日から一転、今日は気持ちいい陽気で、先日泊まりに来た友人に使ってもらっていた布団を干し、朝はすこしだけ本を読み、暗室に入りました。せっかくの晴れなのに、という気もありますが、晴れの昼間から暗室に入って好きな音楽を聴きながらプリントするのも好きです。暗室内には水道が無いので水洗は風呂場へ運ぶのですが、暗室の引き戸を開ける時の、明るい光が広がる瞬間が何とも言い難い感覚なのです。

 前回の展示からもう一年近く経ちます。正確には"DON'T SING ANOTHER SONG"の展示がありましたが、あれは三社の企画だったので、自分自身の作品での個展という意味では約一年ぶりです。前回の"MAYBE AMERICANS+"を展示させていただいたTroubadourに続き、場所は横浜たまプラーザです。Troubadourでのイベントで出会った矢田さんが去年オープンさせた、LOCALという眼鏡店で写真を展示させていただきます。ご縁ですね。出会ってからは自然と親交が深まり、ポスターを飾ってくれたりオリジナルの眼鏡クロスをつくってもらったり、度々店の裏にある喫茶店で一緒にコーヒーを飲んできました。まだ一年の付き合いですが今では善き先輩というか、アニキのような存在のひとりです。
 今回の展示はLOCALの雰囲気にも合うように、二年前に旅行したアメリカのいくつかの街と、学生時代にパリで撮った写真を展示します。過去に撮影したものですが、すべて今回初めて展示する写真たちです。
 そして初日1月10日は20時からオープニングパーティーを行います。500円だけカンパをいただきますが、ドリンクとおつまみ、新作のZineを用意して待っています。折をみて文章・詩の朗読もします。ぜひ新年のお出掛け気分で、たまプラーザまで足を伸ばしていただけたら幸いです。きっと今まであまり出会ったことのない眼鏡店だと思います。ぼくはそうでした。眼鏡も気になる方はすこし早めに、通常営業の閉店19時半までに来ていただければ楽しさも倍増するんじゃないでしょうか。LOCAL裏の喫茶店は今名前をど忘れしてしまいましたがおすすめですし、駅の反対側へ歩いて行けばTroubadourがあります。新年早々の冬の一日を楽しんでいただけますように。どうぞよろしくお願いします。

Zama, COLOR



 学生時代におばあちゃんの写真を撮って以来、白黒でしか撮影をしてこなかったし今後もそのつもりだったけれど、思い立ってカラーフィルムを入れて近所を散歩した。おもしろいことに、「カラーを撮る用の目」に自然と切り替わっているのが自分でもわかり、新鮮な楽しさを感じながら朝夕と足取り軽く歩き回った。そんな風に、いつもの写真とは違うものを撮ったつもりだったけれど、妻に観てもらうと「思ったほどいつもと変わらないよ」という意外な答えが返ってきた。それを受けて見返してみると自分でもそう思えてきて、同時にすこしうれしくもなる。今後どうなるかはわからないけれど、すこし楽しい気分になっているのは確かで、それならば白黒だけに固執する必要はないとも思えてきているのが今の正直なところ。ひとまず、そんな風に近所を歩き回って撮った1本のカラーフィルムの中から、ウェブサイトにも写真を載せました。よければ、観てみてください。

Zama, COLOR


GOMES THE HITMANと11月の日



 昨日、秋晴れの井の頭公園、紅葉は木々を見渡すだけでなく足下でも楽しめる。水面にもそのきれいで奥行きのある色が映っている。池を渡る途中、待ち合わせをしていた相手に会う。それだけでもなんだかきれいな物語が始まりそうな響きだが、そのくらいのことはあの場所にはありふれているのだろうな。それがまた好い。
 日曜日にGOMES THE HITMANのライブを観た。ぼくが高校生の頃に、テレビCMで流れていたのをきっかけに聴きはじめたバンドだ。と言ってもそのころはまだ今のようにライブを観に行くという習慣もなく、いくつかのCDを買って部屋で流したり、iPodに入れて自転車や電車での通学中に聴いていたのを記憶している。その後ライブを観たいと思い立ったころにはもうバンドは活動を休止していて、すでに山田さんはソロで各地をまわっていた。山田さんのブログでぼくの地元名古屋に来ることを知ったときに、すこし緊張しながら会場となる大須モノコトの様子を伺いに行ったことを、今書きながら思い出した。僕の記憶が間違っていなければ、それは自分ひとりで観に行く初めてのライブで、なんとなく一種の、大人の階段を上るような緊張感を伴う心持ちだったのだ。予約をする前に会場がどんな所なのか確かめて、大丈夫だと思ったら予約を頼んで帰ろう、と。思い返すと可笑しく、微笑ましい。たしか19歳の時の話。そしてその夏の徒歩旅行へと続くのだ。(山田さんが以前書いてくれた日記)
そんな存在だったミュージシャンと一緒にイベントを行ったり、公園で待ち合わせてランチをし、彼の自宅でコーヒーを飲みながら日が暮れるまでおしゃべりをしているのだから、先のことは本当にわからない。そんな自分のこれから先のことについて相談にのってもらった、というのが昨日の出来事だ。
 日曜日のライブのことに話を戻すと、一度も観られないままただ音楽だけ聴き続けてきたバンドが目の前にいるのは、すこし不思議な感覚もあった。正直に言うと、山田さん以外の3人のメンバーの方々については何も知らなかったのだ。あのアルバムの1曲目だな、と聴き慣れたインストの曲でライブがはじまった。それからは聴き慣れた曲も知らない曲も(すべてのアルバムを持っている訳では無い)、僕にとってはある意味すべて新しくて初めて目の前で観る、聴く音だ。「メンバー全員がそれぞれに音楽活動を続けてきて7年ぶりに集結した今、確実によくなっている」という山田さんの言葉と、そのメンバー皆さんの姿から表現されていたものは、最近ぼくが日々考えていることの先にある何かのように思えた。妻も同様に感銘を受けていて、ぼくらはすこし真面目な、そして前向きな話をしながら帰路についた。恵比寿の街はきらきらしていて、自分たちが意識していなくても冬のホリデイシーズンに突入しているんだという気分にさせられる。普段はあまり立ち止まらないイルミネーションも、その夜は近くまで行って見ようという気になった。その大きなクリスマスツリーは近くで見れば見るほど細かい装飾が凝っていて、大きくて楽しくて、いつのまにかぼくらも周りの皆と同じ、きらきらした光の中に居た。


(山田さん関連の以前の日記)
2013年11月9日
2014年1月2日

Sai Gon





 すこし長い散歩をした。家にいたら何かよくわからない焦りのようなもので居心地が悪くなり、一度近所の公園まで歩いて行った。それだけでは気分は晴れず思い立って、電車でしか行ったことのない友人の家まで歩いて行ってみることにした。ちょうど先日我が家へ遊びに来てくれた時に忘れていったふたりの傘を返しに行く、という名目も見つけたのだ。期待していた通り、歩いているといろいろなことを考えながら頭の中をすこし整理できた。昨日みたいな日は、家にいると無意味にパソコンを触ったり何度も何度もフェイスブックをチェックしたり、時間を無駄にしている気分に襲われてしまう。外へ出れば体は歩き続けるしかなく、そうすると自然と頭もクリアに働く。そんな時くらいカメラをぶら下げるだけの装備で出掛けたいのだが、財布、手帳、読みかけの本を持とうとすると、小さなカバンを肩に掛けて行かなければならなかった。手帳は何かをメモする為だが、それだけなら紙切れとペン一本だけ上着のポケットに入れたらよかった。本は、途中の公園か喫茶店で読書タイムがあってもいいなと思って持ったのだが、結局止まることなく歩きつづけた。文庫本だったらポケットにも入れられたが、ハードカバーの単行本だったのでカバンが必要だったのだ。まあ読まなかったのだけど。財布にしても、実は現金をそのままポケットに入れている人を見ると「格好いい」と思っていて、とにかくそんな荷物の少ない身軽さに憧れている。ただでさえカメラだけはどうしようもなく持ち歩いているのだから。けどそうして思い返せばカバンを持たなくても大丈夫だったのだなと思ったりもするが、そんなことは今までにも何度も考えていたことで、それでも荷物を減らせないのが今の自分、ということなのだ。
 日没までになんとか到着できるかと思って歩きはじめたが、時間にすると約3時間の散歩で、到着する頃にはもう暗かった。ちょうどそのすこし前に友人夫婦は仕事から帰って来ていて、家に上げてもらうとコーヒーを淹れてくれた。旦那さんのレコード部屋からはジャズが、ダイニングにいても聴こえてくる音量で流れていた。コーヒーを飲みながらしばらく話をしていると妻から仕事がもうすぐ終わると連絡があり、車でそのまま来てもらうことにした。彼女の職場がその友人宅からそう遠くないので、実を言うと最初から帰りは迎えに来てもらおうと企んでいたのだ。いいタイミングだから、ということで先日その友人から聞いていたベトナム人しか集まって来ないベトナム料理屋へ行こうという話になり、そのままみんなで乗り合わせて行った。「相当怪しいところだから」とは聞いていたが、着くとシャッターがほとんど閉まっていて、ベトナム人らしい人影が何人か入り口付近に見えた。友人が声をかけに行くと初め「閉店した」と言われたが、さっき電話でやってると聞いたことを伝えると中へ入れてくれた。タイ料理はよく食べるがベトナム料理はよく知られているフォーや生春巻き以外、そういえばあまり経験がなかった。それなのにきっとこれはちゃんと現地の味だな、なんて思わせられる美味しさと惜しみなく出される付け合わせの野菜・香草には、僕も虜になった。甘いベトナムコーヒーを飲み、大満足で店を出て車へ戻り、友人宅へ向かう。車中では、コーヒーの値段含まれてなかったんじゃないかという話題になるほど安かった。次は誰々を連れて行こうという話も盛り上がり、楽しいことはそうして続いていく。
 散歩の終盤は足が痛くなりはじめていたけれど、意外と筋肉痛もなくいつも通り起き上がった今朝。朝ご飯を食べる妻の横でそんなことを話していたら、明日来るんじゃないかと言われた。一昨日、僕もまたひとつ歳を重ねたところ。

ヨーコさんとコーヒー



 今日、近年一番会いたかったひとりの写真家にお会いすることができた。正確に言うと二年前に一度、あるイベント会場ですこしだけお話をしたことはあったのだが、ちゃんとふたりでお会いするのは初めて。サンフランシスコから東京へ来ていることを知り、すこし無理を言って予定の隙間に時間をつくっていただいたのだ。若気の至り、という言葉に随分助けられているぼくだが、何歳まで大丈夫なのだろう。コーヒーを飲みながらの一時間ほどの会話は、今の自分にはこれ以上無いほどうれしい、ありがたい時間だった。気の多い自分だが、一番やりたいことはこれだ、というのはずっと心に決まっているはずなのに、どうも回り道ばかりしている。まあそのおかげで出会えた人、事がたくさんあるので今まではこれで良かったとして、さて、これから。いくらか視界がすっきりしたような。自分の住む町へ帰って来てから、すこしだけ遠回りをして家まで歩いて帰って来た。高台から見える家々に夕日があたり、すこし冷えはじめた空気が気持ちいい。この気持ちが新鮮なうちに今日のそんなひとつの出来事を書き残しておこうと思った。
 ヨーコさん、ありがとうございました。

http://yokotakahashi.com/

Between the seasons

 出掛けると足下に一瞬視線を感じる季節になった。まだビーサンだからだ。久しぶりにヒゲも生えてくるままにしていてセーターは毛玉多め。出掛ける前に炊飯器をセットしてブリ大根をつくって小鍋に出汁をとってきて、変な主夫の気分で出掛けた先日の打ち合わせ。駅の混み合うエスカレーター付近でビーサンのかかとを踏まれ、謝られた次の一歩でまた同じ子に踏まれたときは笑うしかなく、そうなると向こうも謝りながらも笑っていて後味がよかった。理由はなんであれ、知らない人と小さく微笑み合える瞬間はきもちがいい。街にそんな瞬間がもっとたくさんあればな、なんて善人のようなことを思ったりもするが、街ゆく人々を、気付かれないように撮影している自分が言うのもなんだかオカシイ。
その日の打ち合わせではまた次の展示の話が決まりはじめ、休む間なくどんどんやっていきたいと改めて思う。のんびり生きることは身に付いてしまっているから、すこしくらい自分に鞭を打つくらいがいいのだ。今のうちに。と言いながらこれも、数日ほとんど自宅でゆっくり過ごしている自分が言える台詞ではないのだけど。腰が重たい口だけの人になってしまう前に今日は出掛けよう。雨はなんとか保ちそうだが、折り畳み傘をリュックに入れて行こう。 

角田波健太1stアルバム「onda」




 3年前に地元名古屋を出るまでの2年間、金山にある喫茶店、ブラジルコーヒーで働いていた。マスターとママさんは今も現役で、ぼくのこともよく理解してくれている他にあまりいないすこし特別な存在だ。ブラジルコーヒーという場所自体もそれ以来ぼくにとって特別で、今では毎回「ただいま」という気持ちで席につき、ママさんから今日は何を言われるのかすこし楽しみに待つ。ママさんは真っすぐに思ったことを伝えてくれる抜群の気持ちよさがあって、たまに気になることを言われるが、それを含めてぼくは大好きだ。前回はひと言目に、それはカツラなのかと訊かれた。パーマをかけたばっかりだった。続けて「アッチャン、ダメよパーマなんてかけちゃ。カツラみたいよ」と。ブラジルの話は尽きないのでどんどん逸れていってしまうが、ぼくにとってそんな風に特別な居場所なのだ。そしてなにより、そのふたりの息子の角田健太くん(ぼくはきゅうちゃんと呼んでいる)との付き合いは、他の友人たちとのそれとはすこし違う雰囲気を含んでいるような気がしていて、とても好いと思っている。マスターがまだ現役なので、ブラジルでは店主というのが正しいのか。友人であり、同僚(上司?)でもあったし、またぼくはミュージシャンとして、そして絵描きとしての彼のファンでもある。ツクモク、the pyramid、The Wepsies という3つのバンドで活動していて、最近はソロでもよく演っている。

 そんなきゅうちゃんが、ソロ名義の角田波健太(ツノダハケンタ)としてファーストアルバム「onda」を11月9日にリリースした。CDのジャケットに使ってくれるとは思わずに彼の自宅で撮影をしたのは今年の初夏の頃だった。ちょうど名古屋へ帰る機会があって連絡をとっていたら、初めは「画集を出したいからそのプロフィール写真を白黒で撮ってもらいたい」という話だったはずだ。その時の彼からの「ださい感じで」という要望がとても好く、そしてちゃんとすこしださい感じでセンスの良さを出せるのが彼の魅力なのだと思う。写真を現像してベタ焼きをひとりでニヤニヤしながらチェックしていたとき、こういう風に自分の好きな人の作品づくりに写真で関われることの幸福感を感じた。データを渡してすこし経ったころに、いきなり「写真こうなるよ!」と送られてきた画像がCDジャケットだったときは驚いたが、ぼくの喜びはさらに増したのだった。きゅうちゃんCD発売おめでとう。土曜日の東京ライブ楽しみにしてますよ。このレコ発ツアーは名古屋と京都へも行くそうなので、タイミング合う方はぜひ。

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角田波健太「onda」リリースライブ

東京編
11月15日(土)東京高円寺次郎吉
op1830st1930予¥2300当¥2800
w.藤井洋平 &The VERY Sensitive Citizens of TOKYO
藤井洋平vo.g,佐藤和生gt, 厚海義朗bass, 光永渉dr

名古屋編
11月25日(火)名古屋今池得三
op1800st1900予¥2000当¥2500
w.DinnerSet

京都編
11/26(水)京都磔磔
op18時st19時
w.伴瀬朝彦(g.vo)トリオ
服部将典(ba)、みしませうこ(dr)
予約¥2000当日¥2500
op18時st19時

自分にふさわしい場所

ゆでタマゴ


朝七時に目覚めて
朝刊を読み
ゆでタマゴを
四つ作り

そのうち
二つを食べる
ゆで具合は
ほぼ理想的

一本目の煙草に
命の火をともし
冷めたコーヒーを
電子レンジに放り込み

空模様を見るために
ベランダに出ると
小雨が風景を洗っていて
空気はひんやり冷たい

無意識のうちにこの詩が
四行ずつに分かれてゆくのは
人生に定型を求める気持ちが
ぼくの中で働いているからか

ついさっきまで
現実だったことが
もうこんな風に詩に化けて
さっさと過去になろうと
していることが
ずるいような気もするが

いつかぼくが骨だけになり
すべてを忘れてしまっても
ゆでタマゴ四つで始まった朝が
確かにあったことを君に伝えたい


 詩人、谷郁雄さんの「自分にふさわしい場所」という本は、ぼくが二十歳のときに仲良くなった年上の友人が貸してくれた本だった。その中でもこの「ゆでタマゴ」という詩が心にずっと残っている。本を返してから(その後何年も借りたままだった)は自分で購入し、たまにパラパラと読み返す。ぼくは煙草は吸わないし、コーヒーを電子レンジで温めなおすこともしない。今は新聞すらとっていないけれど、この詩が大好きだ。綴られた言葉の向こうに、どうしようもなく共感するものを感じている。大事にしていたいものはもう自分の中に定まりはじめているはずで、その何とも表現し難い部分をフと感じることが出来るようなもの、そんな瞬間を提供できるものは美しい。先日、自宅で一日妻とふたりで作業をしていて、気分転換に夕方すこし散歩に出た。ちょうど夕暮れ時で、近所の家々や遠く向こうに見える山々を眺めてふたりで歩いていたら、理由無しに、すべてがうまくいくような感覚をおぼえた。その数日後に、去年入籍して以来やっていなかった結婚式・パーティーをぼくの地元名古屋で行ってきたのだが、友人たちの惜しみない協力のおかげで、一生の思い出と言える素晴らしい一日を過ごさせてもらった。そして二年弱働いていた仕事もやめ、まさに自分にふさわしい場所、というようなことを考えているこの頃。今日みたいな、きもちよく晴れた秋の日が一番好きだ。

DON'T SING ANOTHER SONG at NAOT TOKYO



"DON'T SING ANOTHER SONG" Photo Exhibition

期間: 2014年10月24日(金) 25日(土) 31日(金) 11月1日(土)  ※金土のみの営業です
時間: 12:00 - 19:00
場所: NAOT TOKYO  (東京都台東区駒形2丁目1-8 楠ビル301)
http://kazenosumika.com/event/archives/927

 先月完成したリトルプレス写真集、そしてそれを記念して中目黒TRAVELER'S FACTORYにて写真展が開催されました。お越しいただいた方からはいい感想をいただき、今回この企画に携われたことを改めてうれしく思いました。ありがとうございました。
 そしてこの度、NAOT TOKYOへも写真展が巡回します。(本日より開催しています) 金,土曜日のみの営業なのでお気を付けください。どうぞよろしくお願いいたします。


TRAVELER'S FACTORY


中尾勘二キャンペーン2014



 今年名古屋ブラジルコーヒーでライブを観て、すぐに好きになったNRQ。バンド自体ももちろんだけれど、なんと言っても僕が魅了されたのはそのNRQのドラム・サックス・クラリネットを担当していた中尾勘二さんでした。そのことはすこし前にここでも書きましたが、この度、メタカンパニーというCD流通会社のウェブサイト上で、その中尾さんの特集が組まれています。光栄にもあの日ブラジルで撮影した写真を使っていただいています。中尾さんのことをご存知の方はもちろん、ご興味のある方はぜひ新しい扉を開けてみてください。

『中尾勘二キャンペーン2014』

DON'T SING ANOTHER SONG




 出版レーベルのmille books、イスラエルの手作り靴NAOT、そしてトラベラーズノートで知られるTRAVELER’S FACTORY。この3社合同企画で、1冊の写真集が出来上がりました。白黒写真で構成したい、ということで僕に話が回って来たのは、この上なくうれしい出来事でした。リトルプレスですが、シンプルで格好のいい1冊です。
 それを記念して、明日20日から29日まで、中目黒にあるTRAVELER'S FACTORYにて、オリジナルプリントを展示させていただきます。お時間、ご興味ありましたらぜひ観に来てください。展示とブックリリースの詳細はリンク先、トラベラーズファクトリーのHPをご覧ください。
※写真集のリリースは21日日曜日です!初日の明日20日はまだ展示会場には並びません。
 今回僕は写真を撮っただけで、企画・デザイン・展示アイデアなどなど、この3社の皆さんのプロフェッショナルな仕事を見せていただけた、とてもいい機会でした。ありがとうございました。

以下、『DON'T SING ANOTHER SONG』紹介文より ---------------

全く違う業種の3社なのですが、偶然の出会いから互いに交流を深めてきました。
共通するのが、旅と音楽が好きということ。そんなこともあって、同じ嗜好の音楽家の方たちと親交を持つようになりました。嬉しいことに彼らは私たちの本、靴、ノートを日々の道具として愛用してくれています。
5組の音楽家に協力いただき、普段使っている姿を撮影し、写真集としてまとめたのが本書『DON’T SING ANOTHER SONG』です。

http://www.travelers-factory.com/event-news/photo-exhibition/

GOOD SEASON



 テラスが気持ちいい季節がまたやってきた。夏は蚊が酷くて、植物に水をやるのも洗濯物を干すのも、同時に蚊との戦いだったのだ。そんな蚊も随分減って、朝晩はもう肌寒いくらい。今年は、夏の終わりに寂しさのようなものを特に感じなかった。これはちょっとした変化だ。あと先日ひとつ気付いたのは、今年の夏は外出する時に半ズボンをほとんど履かなかった、ということ。2、3年前までは夏に長ズボンを履くなんて滅多になかった気がする。眼鏡も新しいものを手に入れた。なんとなく、新しい季節に向かっている感じがする。ただ夏から秋へ、というだけでなく。相変わらず、行き先未定のこれから先のことを考え続けているが、それと同時に最近は過去のことをよく思い出している。自分の歩いてきた道を再確認・再検証して、これからの道へ繋げてゆく作業。なんて言い方は大袈裟だけれど、すこしそんな気持ちで色々なことを思い返している。案外、ちゃんと記憶しているものだ。ひとつ思い出すとそれに関連したことがまたひとつ、ふたつと思い出されてゆく。

歩いても 歩いても

  昨晩、映画「歩いても 歩いても」をDVDで観た。もう何度観たかわからないくらい観てきた映画だ。個人的な理由はすこし思い付くが、昨晩の鑑賞が今までで一番心にしっくりと入ってきた。初めて見たのは専門学生の頃だったと思う。あの頃は時間はたっぷりとあったのにそんなに制作に夢中になるでもなく、映画館へよく通っていた。といってもこの映画はDVDのレンタルだったか。特に大きな感動があった訳ではなく、ただ静かに何かが残る。それは初めて観た時も今も変わらない。きっとこれからも同じだと思う。
 専門学生当時、実家で一緒に暮らしていたおばあちゃん、すゞ子さんを撮影して写真集を作り、それを卒業制作のひとつとした。(それにすこし触れた過去の日記) 昨晩映画を見終えたとき、僕はその写真集を思い出し、そしてそれを作ることができてよかった、ということを思っていた。「歩いても 歩いても」から、もうすこし言うと是枝監督の映画から受けた影響は大きくて、それが無ければその写真の撮り方や写真集の作り方は違ったものになっていたはずだ。更に、僕がそのおばあちゃんの写真を見返す時に一緒にゴンチチの音楽を流すことは、はっきり言って百パーセント映画に影響されている。それ以来僕はゴンチチが大好きになった。
 間もなく梅雨が明ける。僕は秋生まれで秋が好きだし、秋が一番好きと言いたい気持ちがどこかにあるが、やっぱり夏本番が来るとワクワクしてくる。どこへ行こう、何をして遊ぼう。その映画はそんな浮き足立つ気分は描いていないが、それでも僕はそこに見える「日本の夏」にも、同じようにどうしても惹かれてしまう。いつも適当に済ませてしまったり、行けるのに行かないことだってあるお墓参り。なかなかお盆に合わせて帰ったりするのは難しいが、せめて今度実家へ帰るときは、今までよりもすこし長めに時間をとって挨拶してみようと思う。
 
 おばあちゃんの写真をウェブサイトにもアップしました。よければ観てみてください。ゴンチチを流しながらぜひ。






Lonesome Strings and Mari Nakamura, July 16th







 Lonesome Strings and Mari Nakamuraのライブを観た。この7月でベース松永孝義さんが亡くなってから2年が経つが、僕がこのバンドを知ったのはその後だった。アメリカ旅行中に、日本でラジオを聴いていた相方が教えてくれたのだった。僕はあっという間に大好きになり、旅行中もよくYouTubeで聴いていた。帰国して約1か月後に決まった名古屋での個展のクロージングに、Lonesome Stringsがライブをしに来てくれるのが決まったときの気持ちは、彼らの音楽を知っている人ならば容易に想像できるだろう。(その時はベース無しの、初めての3人編成でのライブだった)
 先日のライブに話を戻すと、感想を述べることは下手なので簡単な表現だが、至福の時間を過ごした。聴きながら、間違いなく今現在の僕の一番好きなバンドだと感じた。そして同時にもうひとつ感じていたことがあった。ステージ上で演奏をするメンバーを観ながら、その格好よさに対して「悔しさ」のようなものを感じている自分がいたのだ。憧れのミュージシャンを前にしてそんなことはおこがましい話なのだが、それはすこし前に、名古屋の友人でもありツクモクなどのバンドで活動している角田健太くんが東京へ来ていたライブでも感じたことだった。悔しさを感じたところで何ができるだろうか。僕は楽器は演奏できないし、ステージに立つとしたら、朗読くらいか。けれど今までに何度か朗読をしたと言ってもその出来は、それこそ恥ずかしいものだった......。ライブを観ながらそんなことを考えていたのだが、結局思い至ったのは、好きな人たちとは写真で何かしら関わっていたいということ。ライブ中の、そしてライブ中でなくても、自分が好きな人が格好いいところを撮っていたい。できれば透明人間になって誰にも、本人にも気付かれないように撮っていたい。その場で同じ舞台に一緒に立つことはできないが、僕にはそのときを残すことができるんだなと、写真を撮る人間なので当たり前のことなのだが、改めてそんなことを感じた。後でそれを見てもらえたときに彼らに認めてもらえたら、それこそ本望だ。
 こんなことを書きながら、当日カメラを持って行っていなかったなんて付け加えるのは情けないが、きっと持って行っていたとしても撮れなかった。名古屋のブラジルコーヒーのようなホームとも呼べる場所では撮影もしやすいが、なかなか他の場所では気を遣う。ただあまりガツガツするのも僕のやり方ではないので、雰囲気を伺いながらパシャりと収めていけたらと思う。
 先のことはわからないが、こうして格好いい人たちの仕事ぶりを見ると、すこしだけ先の方まで光が灯されるような感覚を覚える。本当にいいライブだった。だんだんと去年4月の記憶は現実味が薄れていくけれど、そこでわずかに出来はじめた繋がりは、たしかに僕を勇気付けてくれている。


FIND RANGERS CAMERA CLUB 3rd issue




Pictures from Book & Jog Gallery web site.

 4月に、日本へ遊びに来ていたサンフランシスコの友人カーソンの事をここにも書いたが、彼はFIND RANGERS CAMERA CLUBという、フィルム写真家団体のようなものを主宰している。僕はこれまであまりグループ展やグループで行う活動には消極的だった。けれど彼らの'Only Films'というスタンスをはじめ、ロゴマークやウェブに投稿される写真はセンスがよく、ただの同じ趣味を持つ者たちのグループ活動というよりも洗練された印象を受けていた。これまでに彼らは2度ZINEを制作し、それに合わせてサンフランシスコのカーソンのギャラリーBook & Job Galleryで展示を行ってきた。そんなことをパソコンやiPhoneの画面上で眺めているうちに、自然と自分も彼らに仲間入りしたいという気持ちになっていて、4月に彼と会った時に「今度のFind RangersのZINEは僕も応募するよ」と伝えた。彼らのZINEは公募で集まってきた写真から採用作品を選考するスタイルだ。
 先週末から、その第3回目のZINEのリリースと展示がBook & Job Galleryで行われている。ちょうど彼がギャラリーを初めて2周年記念ということも重なり、初日のオープニングは大繁盛だったようで、何冊刷っていたのか知らないがZINEも売り切れたという。おかげさまで僕の写真も採用してくれた。気に入ってくれたのか、大きくプリントをしてギャラリーのメインの壁面中央あたりに展示してくれていてうれしい。それに今回は200を超えるたくさんの応募があったらしく、ZINEもコピー紙のホチキス留めでなくてちゃんとした本になっているというか、Photo Bookと呼べる仕上がりでとてもいい感じ。手元に届くのが待ち遠しい。またすぐに刷り直すようだし、通販でも購入できるようなので気になる方はぜひチェックしてみてください。
 という訳で晴れて僕も'Ranger'の仲間入り。離れていてもこうして色々と共有していけると楽しく、刺激を感じていられる。カーソンありがとう、そしてギャラリー2周年おめでとう。

Thanks Carson, and congrats on the 2nd anniversary of your gallery!

THAT SUMMER AND THIS SUMMER






 夏が来ると毎年、かつて自分が過ごしたいくつかの夏を思い出す。そのほとんどは旅にまつわる話で、僕の中では夏は旅に出る季節だった。ただただ時間だけならつくり出すことができる、そんないくつかの夏を過ごして来たのだった。バカっぽい考えだが、日に焼けた肌の色はその夏をどれだけ楽しんでいるかを表すバロメータのようにも思っていたし、とにかく外へ出て行くことが大切だったのかもしれない。夏が僕に与えてくれたものはとても大きい。
 今の生活を客観的に観察してみると、あまりそんなスタイルを続けているようには見えない。続けていないのか、続けられていないのか、という話になるとひと言では片付けられない。ただ、ここには、部屋に流れる空気を心地よいと感じる休日や、今、目の前の窓から静かに入って来た梅雨の曇った日の、すこし涼しい風にクチナシの香りを感じるような夕方がある。
 答えを出すつもりは無いし、第一、すぐに言葉で答えを出そうとするのは苦手だ。すこしだけ見え始めたものを目指していけば、あの頃のように期待以上の場所へ行けるのだろうか。そうやって歩いて来た先が今なのだとしたら。
 窓の外に緑が見える部屋はいいなあと改めて感じながら、友人へ季節のお便りのようなものを書こうと思っているところ。もうすぐ夏本番。

Ett & NRQ at Brazil

 先々週末、名古屋帰省時にちょうどEttのライブがあるということでブラジルへ行き、久々のふたりの音楽に感動した。けれどその夜はそれだけでは終わらず、聴くのも観るのも初めてのNRQのライブにやられてしまった。どうも最近は人を撮ることが増えてきた。ただ、普段街中でおじさんばかり撮っている僕が、この夜中尾勘二さんばかりにピントを合わせてしまったことは、もうどうしようもないことだと理解してもらいたい。ライブ終了後にご挨拶をし、写真を撮らせてもらったこと、いい写真が撮れた気がするということを話すと、名刺をカバンから探し出そうとしていたので僕も自分のものを取りに行った。中尾さんの元へ戻ると、手にしていたのは名刺ではなく、自宅へ届く郵便物の、住所と名前が印刷されている紙の切り抜きだった。それもちょうど名刺くらいのサイズで。「みんなわざわざ自分の住所も名前もこうして作ってくれているので再利用してるんですよ」ということだった。帰り道の記憶はほとんどない。とてもいい夜を過ごした。妻にはすこし迷惑をかけたかもしれない。



Ett

NRQ


Kanji Nakao

atsushisugie.com

 写真のウェブサイトをつくりました。まだあまり充実してませんが、過去の作品も新作もちょこちょこ載せていこうと思っているので、そちらのページもたまに覗いていただけたらうれしいです。


 春になって庭が静かに活き活きと育ち始めるのを眺めていたつもりでしたが、気持ちいいねえと言っていたのもつかの間。手入れをしなくてはいけないけれど、もうすでに庭は蚊たちの楽園と化しています。けれどそんなことを気にしはじめるといつも思い出すのは、以前働いていた植木屋での仕事。弱々しいことを言っていたら当時の先輩たちにからかわれてしまうような気分になります。そんなふうに時々彼らの顔が思い浮かぶというのは、あの数カ月の体験は僕にとって大事な時間だったと前向きに考えています。

 このブログもこれまで通り続きます。



パソコンからの方が画面表示が見やすいです。

Tokyo, Last week


Madison and Salary men, Jiyugaoka


Carson and Abe-san, Harajuku



See you again, Carson and Madison. And nice to see you, Abe-san!

Random update

Early morning in Nagoya station. February 2014



Fire in my neighborhood. Zama, KANAGAWA, February 2014




Days with Carson Lancaster

The last day hanging out with Carson in Tokyo.

TABI BAGLE
jcook

Carson & Abe-san

 2年前のアメリカ旅行中にサンフランシスコで出会ったカーソン(Carson Lancaster)が、3月の終わりから先週末まで日本に来ていた。僕はロサンゼルスのマリブで彼のお兄ちゃんに会ったことがあり、その時に「サンフランシスコに行くなら、俺の弟も写真家で自分のギャラリーもやっているよ。」と言って僕のノートに連絡先を書いてくれたのが事の始まりだった。Book & Job Galleryというギャラリー。最初に彼に会いに行った時、思っていたより若かったのですこし驚いた。僕のひとつ年上。そして面白かったのは、先日会ったときに話していたら、彼は彼で僕のことを32歳くらいだと思っていたようで驚いていた。今、彼は26でぼくは25。ギャラリーでの初対面の時、自己紹介をしてお兄ちゃんの名前を出すと一気にニコッとして受け入れてくれたような感じだった。事実、彼は地元ロサンゼルスに暮らす家族のことをとてもリスペクトしているんだな、という印象を度々受ける。Zineを見せ合ったりしながらすこし話した後、ギャラリーを閉めて近くの彼のアパートへ行った。まだ昼間だったからこんな自由にギャラリーを閉めてしまっていいのか?と思ったが、同時に、彼と仲良くなれそうでワクワクしていた。アパートの最上階の部屋は屋上へも繋がっていて、僕は周りの風景を物珍しくぶらぶら眺めて過ごし、彼はパソコンで何か作業をしているようだった。後日サンフランシスコを経つ前にもう一度ギャラリーへ彼に会いに行ったが、その時は何を話したか憶えていない。彼とはその後Zineを送ったり、フェイスブックでたまに連絡を取り合っていた。1日2日しか会っていないし、そう大して深い付き合いをした訳では無かったが、僕は彼をとても善き友人だと思ってきた。同じように白黒フィルムにこだわって写真をやっているから、歳が近いから、初めて会った時に疲れ果てている様子で、弱い部分を垣間見たから、連絡を取り合う時、彼の使う英語の言い回しがなんとなく格好いいから......。いくつかの理由があるかもしれないが、一番はやはり言葉で表しづらい、会ったときの、彼自身から感じ取れる雰囲気が好いということだろうと思う。
 今回日本へ一緒に来ていた彼女のマディソンと、僕の家へも遊びに来てくれた。とても素直で可愛らしく、そして気の利く素敵な女の子だった。テラスで手巻き寿司を食べ、リビングでコーヒーを飲んだ。大して面白いものが無いから、できることと言ったらそんなことをしてリラックスしてもらうしかないような家なのだ。ただ、日本各地を動き回り東京の街を歩き回っていた彼らは、そんな時間をゆっくり楽しんでくれたようだった。その数日後に、東京自由が丘にあるDIGINNER GALLERYで開催された彼の写真集のリリースと写真展のオープニングで再会した。正確には彼の写真ではなく、彼のおじさん(おそらく名付けの親)Wynn Millerが昔撮影したものを彼がプリントし、そして編集して写真集も作ったということだった。会場では期せずして友人に会ったり、新しい友人もできた。同じようなものに興味を持っていると、こうもうまい具合に繋がっていくものだなあ、と改めて感じてしまう夜だった。展示は今月27日日曜日まで。
 カーソンが帰国する前日、僕は仕事が休みで、彼ともタイミングが合ったので昼間東京へ出て遊ぼうということになった。前日すこしだけ言い合いをしたことと、朝彼女はまだ寝ていたから、という理由でマディソンを置いて忍び足で出てきた、という僕の「マディソンは?」という問いに対する答えが愉快だった。その日は僕が連れて行きたいお店を回り、jcookでお茶をしているところで写真家の阿部さんも合流してくれた。阿部さんは、まさに先に書いたカーソンの展示のオープニングで出会った新しい友人だ。instagram上でお互いに知ってはいたのだが、ついに会うことができた。コーヒーを飲み、本屋に寄ったりしながら歩いてカーソンを駅まで送った。彼はラッシュアワーになる前に泊まっている家へ戻りたがっていた。そこを歩いたのは中学生の修学旅行の時以来だろうか、自分には縁の無い竹下通りを抜け、原宿駅に出た。別れを言う前にすこしの間、特に何を話すでもなく、3人とも周りを見渡したりカメラを誰かに向けたりする時間が印象的だった。夕方の陽射しが体感的にも視覚的にも暖かくて、きれいな時間だった。きっと他のふたりも同じようにその時間を、すこしだけ愛おしく感じていたのではないかと思う。僕が 'We'll miss you.' なんてださいことを言ってしまうと、カーソンは 'Fuck, man.' と返してくれた。別れを言って改札へ向かう彼と、それを見送る阿部さんと僕。面白いことにやっぱりふたりともカメラを手にし、改札を抜けた先のカーソンを撮ろうとしていた。けれどあっという間に人混みに隠れてしまい、振り返ることもなく歩いて行った。今度はきっとまたサンフランシスコで。



On the rooftop of Carson's apartment.
San Francisco, 2012


'cloth' by LOCAL




'cloth' by LOCAL  レンズ拭き  -  600yen
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 横浜たまプラーザにある眼鏡店LOCALに素敵な機会をいただき、僕の写真がプリントされたレンズ拭きが出来上がった。これを作るからという訳では無いけれど、先月からコンタクトレンズを一旦やめて眼鏡で生活をしている。使い捨てコンタクトのストックが無くなってしまい、買いに行くのが面倒といういい加減な理由なのだけど。そしてこうして眼鏡に関連したモノを作ることができたので、きっとしばらくは眼鏡だろうと思う。それにこれはカメラのレンズにだって使えるのだ。
 LOCAL店主の矢田さんとの付き合いが去年始まってから、最初に二人で会って話をしたのはお店のすぐ裏にある、古くからやっている自家焙煎の喫茶店でだった。僕が頼んだブレンドは「エーデルワイス」と名付けられていたような記憶があるが、それもうろ覚えだ。ピラフを食べながら、コーヒーを飲みながら、矢田さんが話してくれた眼鏡店を営むことへの思いや姿勢はとても興味深かった。そんな話をしながら僕は、次はこの店で、というかこの人の手から眼鏡を買おうと決めた。

 今のところまだ僕はネットショップのようなものを用意していないので、欲しい方は直接連絡をください。もちろん、LOCALへ出掛けて行くというのも、とてもいい選択です。
 せっかくなので、この写真を撮ったときの日記と、オリジナルの写真を載せます。去年作ったZine 'MAYBE AMERICANS+' にも載せているものです。ロサンゼルス、海辺のカフェは西日が眩しく、コーヒーをひと口啜り、眼鏡を外して、昼間の砂埃を拭き取る。なんて。

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 旅のはじまり、ロサンゼルスに住むおじさん・おばさんの家にお世話になっていた間に、Scotty'sというダイナーの常連になりつつあった。ハモサビーチの海岸通り沿いに位置しているその店では窓辺の席に座る。すぐ外を歩いたりジョギングしたり、自転車やスケボーで通って行く人々を、コーヒーを飲みながら眺める時間が好きだった。その日はちょうど夕暮れ時で、そんな窓の外を通り過ぎて行く人や砂浜で遊ぶ人、桟橋の上できっと同じように夕焼けを眺めている人越しに、日が海に落ちて行くのが見えた。
 店を出てすぐに、席の足下にスケボーを忘れてきたことに気付いて取りに戻った。実ははじめてその店に行った日も同じことをしてしまい、しかもちょうどその時と同じ店員のお兄さんと目が合ってしまったのだ。「君いつも忘れるね~」と言って笑われた時、なんだか僕はうれしい気分になっていた。

Scotty's on the strand. Hermosa Beach, Los Angels, CA


summer works 1998






 先日届いた一枚のポストカード。自分でも持っているポストカードだったから、帰宅してテーブルに置かれたそれを見たときは、すこし変な気分だった。送り主はその作者、永井宏さんの奥様、恵子さんだった。その数日前に季節のご挨拶のような葉書をこちらから送ったので、そのお返事としていただいた。葉書のやりとりはとても心地いい。そのポストカードが届いた日の翌日は休みだったので、僕は三浦半島まで車で走って行った。まず永井さんのお墓参りをし、葉山のsunshine+cloud内のカフェで昼ご飯を食べ、友人と合流してコーヒーを飲んだ。港町にある立派なお寺の裏にある墓地はとても静かで穏やかな空気が流れていて、毎回、気付くとゆっくり深呼吸をしている自分に気付くような場所だ。すこし高台にあって、向こうには海が見える。そしてトンビがずっと鳴きながら旋回している。海辺の町では当たり前のことか。sunshine+cloudではまさに前日にポストカードを送ってくださった恵子さんにも久しぶりに会え、ちょっとした近況報告のおしゃべりを顔を見てできたことがうれしい。表情も雰囲気も、以前よりも明るい印象を受けた。もっとも、恵子さんのことはまだまだ知らないことばかりなのだけど。
 友人カップルとコーヒーを飲み、散歩し、彼らの家でゆっくりしているとあっという間に日が暮れていった。雨が急に降ってきたと思ったら5分もせずにすぐに止んだ。そのせいですこし冷えた夜の空気の中、寒いなあと呟きながら帰路につく。それでも昼間はTシャツビーサン日和で、久しぶりの友人との時間も楽しく、温かい一日だった。
 今夜は等々力にある巣巣で開催中の永井さんの展覧会へ。恵子さんをはじめ、永井さんの近くにいた方々のトークと、去年僕の展覧会オープニングでもライブをしてくださった山田さんのライブ、というとても興味深いイベントが行われる。永井さん自身や、永井さん周辺の人やコトにずっと憧れてきた僕だが、亡くなってしまってから、その気持ちはどんどん強くなっているように感じるし、この気持ちはずっと持ち続けていくのだろう。もう彼はいない、ということで、本当に永遠という言葉が意味を持ってしまった、というような感じ。

Flower



 花の苗をひとつ買おうとしている男の子がいた。植えつけるための適当な大きさのプラスチックの白い鉢も選んだ。鉢底に敷く石は家にありそうだが、土は無いかもしれないということで、念のため母親に電話で訊いた。そうして草花用の培養土の小さな袋も腕に抱えてレジへ向かう途中、友人の親か近所の人だろうか、声をかけられて立ち止まった。誰かにプレゼントなのかと訊かれると間をおいて、うん、と返事をした。お母さん?と訊かれると今度はさらにもう少し間をおいて、うん、と返事をした。とてもいい場面を見られてなんだかほっとしたと同時に、僕は母親に何かプレゼントしたことがあっただろうか、と思い返していた。たぶん今まで誕生日でも母の日でも、母親に、だけでなく父親にも何かまともにプレゼントを渡した記憶はほとんどない。けれどひとつだけ憶えているのは、小学校中学年か高学年くらいの頃だっただろうか、いつもの遊びの帰り道、自転車でふと寄ったコンビニで母の日のプレゼントを買って帰ったことがあった。ラベンダー色で、手に収まるくらいの大きさの何かだった。ラベンダーの香りがする何かだったかもしれない。その程度にしか憶えていないが、こうして思い出していると、それを手渡した時の気恥ずかしさもなんとなく青く甦ってくるような気分だ。そのラベンダー色の何かは、その後しばらく母親の車の中に吊り下げられていたこともなんとなく思い出した。母親の車に乗って出掛ける機会は多かったからそれが普通の景色になっていたけれど、ふとした時にそれがぷらぷら揺れているのが目に留まった時は、すこしうれしかった。きっと、それ以来僕からは何も贈っていない。去年の母の日にはラベンダーの鉢植えを贈ったが、それは僕からというよりかは相方からの気持ちで、だった。そんな自分のことを思い返した後にあの少年のことを思うと本当に微笑ましい。来年も続けて何かをプレゼントするだろうか。もしくは彼にとっても、少年時代の母親への唯一のプレゼントの思い出となるだろうか。けれど、本当のところ僕は、彼が植えた花は母親の手元へなんて渡っていないと思っている。その方が、もっとずっと微笑ましい。
 写真は文章と関係のない、冬につくった寄せ植え。

春を待つ椅子


 コンクリートのテラスがあることもこの家を気に入った要素のひとつだった。先日、気持ちよく晴れていた休日の午前中に、テラスをすこし居心地よく作り直した。久しぶりに読み返していた永井さんの「夏の見える家」の表紙は、まさに当時住んでいた家のコンクリートのテラス部分を写した写真で、ちょっとした共通点がうれしかったりする。最近リサイクルショップで数百円で買って来たこの椅子に座ると、向かいの大家さん宅の桜の木が正面に見える。春をこんなふうに楽しみに待つ気分は、今までの自分には無かったと思う。そんなことを思いながら椅子に座っていたら、膝のあたりに蚊がとまって、またすぐどこかに消えた。その夜、もう蚊が出たということを相方に伝えると、きっぱりと、それは蚊じゃないよと言われた。去年の9月に引っ越してきた時のことを思い返すと、この家の庭は、テラスでゆっくり、なんて気分にならない程の蚊のたまり場だった。それだけに蚊の問題は大きなことなのだ。今年は何か手を打ちたいとは思うが、今はまだ呑気にこの椅子から見える春を楽しみに待つ。

Weekends in My Home Town

Friday


 専門学校に通っていた頃、朝9時過ぎに犬の散歩に出ると、神社の階段の下でそれぞれ自分のシルバーカーに腰掛けて休憩しているおばあさん達によく会った。そこは住宅地を抜けて田んぼ道を歩いて行った先にある、人気のない小さな神社だ。本当にたまに、掃除をしているおじさんを見掛けることがあった。おばあさんの集まりは日によって3人だったり4人だったりした。1人だけだったこともあった気がする。ちょうどそこに出くわした日は僕も一緒に階段に腰掛けて話を聞かせてもらったり、何度か写真も撮らせてもらった。休憩を終えて階段を登ろうと立ち上がる時、おばあさんたちは「発車しますか。」と言っていた。別に冗談のような言い方ではなかったし、いつもの合言葉のように言っているのが面白くて覚えている。他にも色んな話を聞いていたはずだが、あと覚えているのは、そこは火の神様だということくらいだ。
 いつからかその時間に散歩に行く機会が減り、会う頻度も減っていった。随分経ってから、ちょうどその時間帯に散歩に出た時におばあさん達のことを思い出したが、その日は誰もいなかった。また違う日の午前中には、ポツンと置かれているベンチに寝転がっている男子高校生を見た。彼の着ている制服からすぐに自分の母校の生徒だとわかった。テスト期間中で早く帰ってきたのか、さぼっているのかはわからなかったが、どちらにしてもそれは微笑ましい光景だった。彼にひと言でも声を掛けていたら、また何か物語が始まりそうなシチュエーションだったなあと、これもあの神社に行くと思い出す出来事だ。
 話はすこし変わり、とても神経質だったが、言い換えれば、生活の中の本当に細かい作業まで驚くほど丁寧に行っていた祖父。祖母より早く、僕が高校生の頃に亡くなった祖父に僕がやってあげられたことは何も無いように思う。荒れてきている実家の庭は、きっと祖父の生き甲斐のひとつでもあっただろう。
 3日間の帰省。神社、実家の仏壇や庭、散歩しながら見ていた近所の景色、3人の子を育てる姉家族との団らん。今回久しぶりにゆっくりと見た実家の周辺の物事は、多くのことを考えさせてくれた。今ならもっと、僕は彼らと丁寧に付き合うことができるだろうか。


Saturday
Sunday