鳥はもう起きている

 
 夕方に仕事が終わり、アトリエへ行った。やるべきことはあるのに特に何する訳でもなく、気付いたらソファに横たわって真夜中。風呂に入ってちゃんと布団で眠りたいと思って帰宅したのに、目が冴えてしまって眠れない。窓の外は青みがかって来てカラスが最初に鳴き始めた。続いて小鳥の声も聞こえてくる。野生の鳥はこんなに朝が早いのか!と改めて気付き、夜は紺色の布を被せているネムの小屋に目をやる。たまに羽をブルッとさせる音が聞こえる。人間でいう寝返りみたいなものだろうか。展覧会が迫っているとかいう理由がないとまったりしてしまうのは、自分の甘いところ。数日前、その日は出勤時間の遅い日だったが、それまでだらだらと特に何もできないまま午前中を過ごした。けど出発のすこし前にコーヒーだけ淹れて部屋で一息ついていたら、なんとも言えない幸福感があった。載せた写真はそのときのもの。
 週末は名古屋へ。婆ちゃんの三回忌がメイン。あとはまた会いたい友人に会ったり。ザッツと名古屋へ一緒に行くのは久しぶりで、以前名古屋市内で一人暮らししていたときのアパートの近所の、一番好きな喫茶店へ連れて行ってあげたいと思う。歩いて行けるところにおいしいコーヒーの飲める店があるのは本当にいい。そんな店を自分がやるというイメージはいつからか描きはじめていて、頭の中だけでは少しずつ具体的な部分も考えてみたり。けど、まずは今の、そしてこれからの自分がやるべきことを。そのためにも明日は昼間東京へ出ていくつかの場所を廻る。きっと夜には名古屋へ。
 眠れない夜、今は「パリ、テキサス」のサントラで荒野を彷徨い歩いている。そうこうしている間に、もう窓の外は深い青から青白い光が生まれているところ。これはもう朝か。

イメージ





 思い付くことで実行不可能ということなんてあんまり無いと思っているし、そう信じていたい。まあ、ただ単純に自分がしたいと思ったことができないなんて嫌だ、というだけのこと。
先日は、ロバートフランクの"The Americans"を観ていて、やっぱりいい写真だなあとしみじみ感じ、そして会いたいと思った。きっとそのうち会いに行こう。それとも自然と会える機会が巡ってくるかもしれない。なんて、そのくらいの感じで思い描いていたら、そのくらい自然な流れに乗っていけると思うのだけど。なあ。

ネム小屋



 ネムの小屋が数日前に完成した。改善点は見つかっていくけれど、ひとまず僕ら二人は気にいっている。ネムもそうだといいけど。下書きのつもりでボールペンで木の板に書いていた"NEM"の看板はそのまま採用された。翌朝、ネムにとっては初めてその小屋で目覚める朝、「新しい朝」という言葉が頭に浮かんだので"new morning"というタイトルを付けてインスタグラムに写真を載せた。それを後で見返した時に、NEw Morning、略してNEMになることに気付き、なんとなく気分が良かった。ネムはすこしずつ小屋での過ごし方に慣れていっているところだろうか。さすがに羽を広げて飛び回ることなんてできないけど、以前の鳥かごよりはずっと広くなったし、すこしはのびのびと僕らの居ない昼間を過ごしてくれたら、と願う。と同時に、なんと言っても鳥かごから「鳥小屋」と呼べるものを与えてあげられた自分たちの自己満足が、もしかしたら一番大きいかもしれない。

新緑のキャンプ



 GWに獲得した2連休、前日に思い立ってキャンプをした。新緑の山道を気持ちよくドライブしてたどり着いた目的のキャンプ場は、あと1サイトだけ空いていた。けれどイメージしていたものと違って、そこを後にしてあてなく走り続けた。気になるキャンプ場の看板が出てきたらひとつずつチェックしていこうと言いながら、少し開けた道へ出たら、気付くと正面に富士山が大きく見えた。もうその頃には日も傾いて来ていたし、iPhoneを駆使してのキャンプ場探し。もうどこでもいいよね、という気分で電話をかけたキャンプ場に空きがあったので向かうと、感じのいいおじさんが迎え入れてくれた。他のキャンパーたちよりもすこしだけ高台のエリアへ案内されて車を停めると、その奥のスペースを自由に使っていいよ、とのことだった。僕らは心の中でガッツポーズ。最初に覗いたキャンプ場の、2〜3サイト分のスペースをもらえたのだ。おまけに隣人もいない。さらに到着時間も遅かったので料金もまけてくれた。これって何て言うんだっけ、、と思い出したのは『残り物には福がある』。ササッとテントを設置してから火の準備。キャンプをするのは去年カリフォルニアのビッグサー以来で、ザッツとは一昨年の佐渡以来。七輪でチマチマ肉など焼きながらその横で焚き火を。ビールとワインを飲みながら、他のキャンパーたちが寝静まってもパチパチと焚き火を続けた。翌朝も快晴で、火を熾してからコーヒーを淹れてサンドイッチを。夜までは特に予定も無かったので、結局昼前までゆっくりしてキャンプ場を出た。帰り道に寄った富士浅間神社は、四年前だろうか、1合目からの富士登山のスタート地点だった。あの夏は、1回登ればもう富士山は十分だと思ったけど、その場所へ行くとあの時歩きながら見たものや一緒に登った友人の良い顔が思い出され、また登りたくなった。また登るなら、やっぱり今度も1合目からだろう。