12/27/2012

安物のジャージ

 初めて入る近所のスポーツ用品店で、きっと一番値段の安いジャージのパンツを買った。紺色の無地で、ブランド名もよくわからない物だ。好きでもないブランドのロゴがデカデカとプリントされた物を買うよりは、まだブランド名すらわからない、よくわからない物が見つかってよかった。本当にブランド名も何もプリントされておらず、内側のタグを見ると『カロライン(株)』という情報だけわかった。名前も気の抜けた感じで良い。さっそく夕方に近所の大きな公園までジョギングをした。こんなジョギングなんていつぶりだろうというくらい。今年の前半は植木屋の仕事で十分過ぎるほど毎日体を動かしていたし、今までも普段の生活の中で結構歩き回るほうだし、わざわざ時間をつくって運動することなんて無かった。ついにそれが必要と思えるほど運動不足を感じるようになったのだ。ロサンゼルスにいた9月、おばさんの家で体脂肪やら色んなものを測れる体重計に乗ったときに、みんなに驚かれるほどスポーツマン並の数値を記録したというのはもう思い出話なのだ。
 夕方四時半ごろ、気が付くともう日は沈んでいて、残されたオレンジ色に淡い水色と深い青色が重なって来ていた。ネムを鳥かごに戻し、ジャージのタグをハサミで切り、ウインドブレーカーを羽織って外に出た。携帯だけは持って行くことにしてポケットに入れて走り始めたが、ポケットの中で意外と動くのが気になったので手で握って走ることにした。一応時間も計ってみようと思って携帯のストップウォッチを起動させた。大きな公園があるのでそこまで行こうと思った。正確には、大きな公園のすこし手前に大きな池があって、前に自転車でそこを通ったときに水面に映る夕焼け空の色がきれいだったことが印象に残っているので、せめてそこまでは走りたいと思ったのだ。案の定その池に到着した時点でもうだいぶ暗くなっていたし、体力的にももう先に進む気にはならなかったので、結局公園までは行かなかった。それでもやっぱり池の水面の色はきれいで、そこに泳いでいるというか浮かんでいるたくさんのカモも気持ち良さそうだなと勝手に思ってしまう、静かな夕暮れ時の風景があった。もうすこし明るかったら違う道を通って帰ったかもしれないが、今日は同じ道を走って帰った。家に着いて庭で息を整えようとイスに座ると、額に汗が流れてきて背中でも汗がじわっと出て来ているのを感じた。これも久しぶりの体験だなあとなんとなく懐かしい気分になり、思い出していたのは植木屋で働いていたときのことと、高校生のサッカー部の頃のことだった。今日流した汗は、そのふたつの時のものとは比べ物にならないくらいちょっとだけの汗だが、汗の量以上に何か感じさせてくれたものがあった、といったらちょっと大袈裟だけど、なんとなく自分の中で何か新しいものが動き始めたような気分。そういうことは割とたまに感じることがあるが、気付いたら忘れてしまっていることがほとんど。今回のこのジョギングは続けていきたいし、続けていける気がする。店のジャージ特売コーナーに一本だけ残っていた無地の物がジャストサイズだというのも、そんなふうに前向きな気分にしてくれる出来事だった。