CARL

 いくつか状況が変わり、マリーとマイクのこのアパートに彼らが留守の数日間も居続けることになった。数日間のポートランドでの一人暮らし、という感じでこれはこれでわくわくする。正確には猫も一匹。エサをやることも仕事のひとつだ。さっそくパンやらすこし食材を買って来た。部屋の鍵は持っているがアパートの建物内に入るための鍵は持っていないので、同じアパートのカール(←リンク)が居ないと中に入れない。だから帰ってくると彼に連絡をして鍵を開けてもらう。彼は撮影に出掛けていない場合は大抵家にいるので、アパートの下から二階の彼の部屋に向かって名前を呼ぶと、かなりの確率で窓からひょっこり顔を出してくれる。その瞬間が結構好きだ。今日は昼間すこし出掛けている間から彼と連絡を取っていて、三時前に帰ると聞いていたのでその前に近所でサンドイッチを食べていた。そして食べ終えてコーヒーを飲みに行こうと外へ出たところで、これ以上無いというタイミングでカールと鉢合わせ、コーヒーを買って帰った。その足で彼の部屋までおじゃまして、ウェブサイトにアップしていない写真も見せてもらったりした。彼もまたストリートフォトグラファーで、ライカのM6を使っている。机にはポンとクラシックなカメラが置かれていたり、いくつものフィルムが並べられている部屋はいい雰囲気だった。他の写真家の裏話みたいなものを聞けるのは楽しい。英語での会話となると実際のところ理解しきれない部分もあるが、その分「だよね、だよね」と頷き合える時はうれしい。ウェブにアップしていない写真は、簡単に言えばウェブにアップすべきでないと判断された、ドラッグや暴力的なものを写したものだった。それは過去に彼が危険な土地へ出向いて費やした時間も思いも入っているもので、何より、僕らがなかなか見られないそんな一般社会から外れた人々の生活が写っている、すばらしいドキュメンタリーだった。ウェブにアップしない理由をもうすこし深く聞いたので、彼にそれを勧めることはしないが、いつかもっと公に発表すべきものだと思った。彼のウェブサイトで"EK"と題された写真群がその一部だ。帰るまでにもっとカールと写真の話ができたらいいと思う。彼とは何か分かち合えるものがもっとありそうだ。
 iPhoneのアプリでInstagramというのがあって、去年iPhoneを使い始めた時から利用している。写真の色調をすこし加工できてコメントを添えて投稿する、というTwitterの写真版のような感じだ。このブログに載せている写真も今のところほとんどはそのアプリで撮ったもの(そのうちたまにはスキャンでもしてフィルムでの写真も載せるつもり)。コメント無しの写真で何かが伝わってくることももちろんあるが、先日おもしろいと思ったのは、そのコメントが何か自分にも響くことを語っていると「いいね」を押したくなるのだ。それが一言だけだったらかっこいい。長文でも、そこにその人の生活の中での生きた声を聞けるようで興味深い。コメント次第で写真に写っているものに意味を見出すことになるという、先日のヴェンダースの本の話とも繋がるが、それを毎日みんなが遊びでやっているそんなアプリの中にも感じたことがおもしろかった。僕は人を撮るのが好きだけど、そこには絶対にその人の生活が写り込んでいてほしいと願う。と同時に、見る側になった時も、その人たちの生活を感じられる写真が好きなんだと改めて思う。こんなこと、何度も同じようなことばかり書いているような気もしつつ。

2012.11.29 Thu. evening wrote.

NABE

Mary & Mike

 今週からまたグッと気温が下がってきた。そんなこともあって昨日は食材を買って帰り、簡単な水炊きの鍋で暖まった。彼らは土鍋や和食の調味料もある程度持っているので楽だ。さすがにポン酢は無いと思って買って帰ったら、使い途中のものがあって、"We love ponzu."と。夕飯前にすこし同じアパートのカールの部屋におじゃました時には、彼は寿司をつくると言って米を洗っているところだった。後でその出来を覗きに行かなかったことをすこし後悔。寿司と一緒に何を食べたのだろうとか、和食がどんなふうに彼らなりのカタチで実践されているのかを見られる機会だった。日本では豆腐は手のひらの上で切るんだよとやって見せてあげたときの、マリーの目が輝いたのが印象に残っている。彼女は和食の本もいくつも持っているし日本人のやり方も結構知っているが、そういう知っていることも含めて、目の前で僕が普通にやって見せてあげることは意味のあることなんだろうなと思った。鍋のshimeにzousuiにして食べることも知っていて、昨日はきしめんにしたら、はじめて食べた!このワイドなうどんも美味しい!と喜んでくれて成功。そんなに大きな土鍋ではないから、何度も具を入れなおして温めなおしてと、ゆっくり進む夕飯の時間。これも日本らしいことなのかなとか、何度も待たせちゃって悪いな、と思いながらそんな時間も穏やかに楽しむことのできる二人でよかった。
 今日はなんとなく体調と気分がノらず、一歩も外へ出ていない。だからコーヒーも一滴も飲んでいない。この後夕飯にどこか外に出ることになるだろうか。ついにあと一週間となった今、新たに何かを求める気持ちはあまりなく、こうして出会えた気の合う友人たちと一緒に居られたらそれで満足。写真は外に出れば出るほど撮れるから、まだまだ歩き回る。前回2回続けて、33枚目あたりでフィルムが巻き上がらなくなる、という今までに無いことが起こっていてそれだけが心配だ。今入っているフィルムはスムーズに最後までいけるといいが。何か書こうと思っていたことがある気がする。

2012.11.28 Wed. evening wrote.

FOOD NOT BOMBS


 昨夜ベッドに横になったときに、確かになんとなく予感はしていた。今朝もベッドに埋まった状態で目覚めた。穴をうまく塞げてなかったのか、他にも穴があるのか。穴を見つけることはせずに家を出て、今はコーヒーを飲んでいる。手帳を見て日本に帰ってからの予定(どのタイミングで愛知に帰ろうかとか)をすこし考えたら、ゆっくりワクワク感が高まってきた。そして今さっきから店内ではNina Simoneが流れはじめ、気持ちが高まったり落ち着いたりする時間。iTunesか何かでシャッフルで流しているのだろうか、次の曲はまた別のアーティストになってしまってすこし残念。
 愛知に家具職人の駒田尚人(なおちゃん)という友人がいて、彼は数年前にポートランドの友人宅の内装を作りに来ていたことがある。彼は前回、前々回の展覧会の時に額縁を作ってくれた人だ。そのなおちゃんの友人、エミさんと昨日会うことができた。エミさんは携帯電話を持たないので、なおちゃんが教えてくれた住所を訪ねて行った。けど教えられていた番号の家は見つからず、近所の人に尋ねたらエミさんと仲良しの友人Johnと連絡を取ってくれ、その近くにちょうど居たそのJohnとまずは合流した。エミさんが今暮らす家も近かったが外出中で、「きっとその辺でランチを食べてるはずだよ」と言うジョンに着いて近所の店を覗きながら歩いて行ったら三軒目くらいで見つけることができた。探して来ておいて何もエミさんの情報を知らないという変な状況だったが、エミさんもまたフレンドリーで、数分後には今週末に泊めてもらえることになった。今週末、マリーとマイクはニューヨークへ旅行に行くので、どこに泊まろうか考えていたところだったのだ。その後すこし一緒に散歩してお茶して、とりあえず今晩また会うことになった。詳しいことは何も分かっていないのだけど、FOOD NOT BOMBSという団体の集まりが今晩あるというのでそこで合流することに。そういえばFOOD NOT BOMBSというステッカーを貼った車をこの旅行中に何度も目にした。エミさんはきっとベジタリアンで、食や環境のことにすごく気を付けている人のようだ。
 そんなことで昨日はダウンタウン方面へ行くにはもう遅い時間になり、けど家に帰るには早いと言うか晴れているのにもったいない気がして、川沿いまで歩いてから帰った。今日は昨日以上にいい天気だ。なんだか思っていたよりも雨の日は少なく、確かに寒いがそれも思っていたほどではなく、歩いていてきもちがいい日が意外と多い。冷えた空気の中を歩くのはいい。身体があったまってくるのがじわじわ感じられ、白い息を吐き出して冬を楽しんでいる気分、を楽しむ感じ。
 我が家の小鳥ネムはこの二か月半のうちにくちばしの色が変わった。上が以前、下が最近の写真。あと一週間ちょっとで会える。


2012.11.26 Mon. noon wrote.

SUNDAY MORNING


 昨日はカメラと財布だけ持ってダウンタウンの方まで歩いて行った。たまにカバンを持たずに出掛けると身軽さがきもちいい。それにより一層その街に暮らしているような気分になれる。陽射しは無いが雨は降らず、そんなに寒くもなかった。晴れていなくてもいい日だと思えることが増えてきた気がする。ダウンタウンのすこし奥の方、東から歩いて行ったので西側は、フリーウェイを越えると一気に人気が無くなって、ゴーストタウンのような雰囲気があった。家を出発したのがすでに午後三時くらいだったので、そうしてダウンタウンの辺りをぶらぶらしているとすぐに暗くなってきて帰路についた。短い時間だったがなんとなく充実感のある散歩で、帰り道も気分よく同じ道を歩いて帰った。
 僕が今これを打っている机は道路に面した窓際にあって、ここから道行く人たちも眺められて気に入っている。このアパートに遊びにきた友人たちはこの窓の桟をノックし、そして誰かが鍵を開けに行く、というシステムになっていて、僕も同じように帰ってくるとノックして誰かに開けにきてもらっている。今さっきそんなふうにノックして入って来たのはCoryという、Carlに続いて頻繁に遊びにくる友人だ。彼らはスポーツ観戦が大好きで、今はバスケットの試合をテレビで観戦している。僕はこれを打ち終えたらまたぶらぶらどこかへ出掛ける予定。マリーはこの週末はLAの実家へ帰っていて今晩帰ってくるはずだ。今朝マイクが起きてくるまでに、台所に結構な量溜まっていた洗いものを済ませておいたら予想以上に感謝されて、朝ご飯をおごってくれることになった。よっぽど洗いものが嫌いみたいだ。サンドイッチが美味い店に行こうと歩き出すと外は昨日よりも寒かった。その途中で美味いコーヒーを求めて入ったcoava coffeeもまたいいコーヒーショップだった。サンフランシスコでよく見たような、広々としていてスタイリッシュでかっこいいスタイル。ハンドドリップのことをこっちでは"pour over"と言うみたいだ。二人で違う豆を選んだら両手でプアオーバーしてくれて、二刀流だ!と見ていて面白かったが、同時に僕は両手でコーヒーを淹れることはしたくないなと思った。美味いサンドイッチを食べて帰り、また家のすぐ近くのコーヒーショップでラテを買って来た。walk,coffee,sandwich,walk,coffeeと、いい日曜日のスタートをきった感じ。昨日よりも冷えているが今日も同じような天気。さっきはすこしだけ陽も差していた。
 ついに、エアーベッドに空いた小さな穴を見つけた。今朝は今まで以上にベッドに埋まった状態で目覚めたので、さすがにこれはよくないと思って穴を見つけ出したのだ。マイクがテープを買ってきてくれて、穴を塞いだ。

2012.11.25 Sun. noon wrote.

GOOD PEOPLE


 自分の写真に対していいコメントをしてもらえることが続くと、自分がこの先進むべき道、歩いて行きたい道がすこしずつ見えてくる。本当にいいと思ってくれているかどうかは簡単に伝わるものだ。この旅の間に撮っている写真も見たい!ときれいな目でグッと見つめられると本当にうれしい。写真は一昨日のサンクスギビングパーティーでのひとコマ。キッチンの片隅で、三人が並んで僕のzineを見てくれているのが可笑しかった。ポートランドを居心地がいいと思える理由はいくつも思い浮かぶが、ひとつまた思ったのは、それなりに教養のある人が多いのかもしれないということ。コーヒーショップや古本屋が多いというのは文化面が豊かな気がする。そしてこれは偶然かもしれないが、カメラのことをよく知っている人も多い。写真の話になると、どんなカメラを使っているの?とまず聞かれ、フィルムは何を使ってるの?レンズは何ミリのやつ?自分で現像してるの?と具体的な質問が続く。別に写真をやっている人という訳でないのに、そういう知識を持っている人が多いのだ。(幸運にもそういう人に出会えているということもあるだろうが) 街を歩いていてもなんとなくそんな雰囲気を感じられる。落ち着きがあるというか。けど別にハイソな感じとかそんなことはなく、むしろフレンドリーだ。ポートランドに暮らす人々はこの街が、そしてこの街の人々が好きなんだなというのも伝わってくる。彼ら自身の口から"People are nice here."というような言葉を何度も耳にする。自分の街をそういうふうに思える人がたくさんいるのはいい。そしてそう言える人がたくさんいる街はいいに決まってる。ダウンタウンの方へ行けば路上生活者もよく見掛けるし、僕のような旅行者には見えないこともたくさんあるだろうが、色んなことがうまく回っている街なんだろうと思う。食が豊かというのも本当にいい。オーガニックの食材はもちろん、ベジタリアンメニューも大体どの店に行っても用意されている。それとアメリカで一番のサイクルシティだとも聞く。そんな土地柄が心地いい。カリフォルニアを見た後で最後にポートランドに落ち着いているのはいい流れだ。そしてなによりもこの家、マリーとマイクのところに滞在できているのが幸運だ。彼らを通じて出会っているTANNER GOODSのみんなはそれぞれ個性があって才能もありそう(そう思わせるような雰囲気のある人が多い)で、本当によくしてくれている。知り合いがいない状態で来ていてもポートランドをこうも好きだと思うことができただろうか、と今となっては意味の無いことを考え、きっとできなかっただろうと答えを出す。それくらい彼らと出会えていることは大きい。そんな彼らと過ごしたサンクスギビングの夜はやっぱりお腹がぱんぱんになった。みんなが苦しい苦しいと言っていた。その後みんなで食後の散歩に出掛けるというのもなんだか温かい光景で、遠くに見える大したことのない夜景もきれいに思えた。
 先日書いたヴェンダースの本をすこし読み進めた。日本で持っている一冊はたぶんまだちゃんと文章は読んでいなかったのだろう、知らないストーリーがたくさんある。だから見覚えのない写真がいくつもあることにもすこし納得。写真に添えられた簡単な英文を、たまに辞書で単語を調べながらゆっくり読んでいくと、写真がよく理解できる。そして写真自体もいい写真だなあ、とじわじわ感じてきた。なんとなく以前は写真に文章を添えることはかっこ悪いような気がしていた時期がある。文章で説明なんてせず写真だけで表現したい、と思っていた。けどきっとそれは写真と文章がうまく使われた作品を知らなかっただけで、そしてそれを意識し始めたのは写真家渋谷ゆりさんの本「UNDER EXPOSURE JOURNAL」を読んでからだと思う。この二冊はこの先何度も見返すことになるだろう。写真で伝えきれない背景の物語を文章から読み取れたとき、その写真の隅々からストーリーが語られてくる。そして「写真」の可能性に改めて興奮する。そのときそこに在ったものしか写せないし、そこに在ったものは写ってしまっているのだ。すこしずつ自分のやりたいことが見えてくる。

2012.11.24 Sat. afternoon wrote.

Thanksgiving Day

 今日はアメリカで最も大きな祝日のひとつ、Thanksgiving Day(感謝祭)。どんな意味があるのか今まで知らなかったからすこしネットで検索してみた。リンクを貼っても文字の色が変わらず(なぜか設定が反映されない)わからないけど、上のThanksgiving Dayというところにリンクを貼ったので興味があれば。読んでみるとなかなか興味深い。アメリカの歴史はインディアンと開拓者のストーリー無しに語ることはできない。ほとんどのアメリカ人にとっては今では単純に親戚、友人で集まって食事会を行う日、というふうな捉え方が一般的らしいが、インディアンたちには「大量虐殺のはじまりの日」だという。今でも変わらずそういう捉え方をし続けているのだろうか。僕が先日誰かから聞いた話では、サンクスギビングはクリスマスみたいに宗教的な意味合いが無いから、みんながこの日は楽しむことができる、というようなこと言っていたが、彼らはこの話も知っているのだろうか。先月ロードトリップの中で訪れたニューメキシコの現代のインディアンたちは、この日をどういうふうに過ごすのだろう、とすこし思いを馳せる。
 僕は二人と共に、夜にはサンクスギビングパーティーに出掛けることになっている。TANNER GOODSの誰かの家で、みんなでご飯を持ち寄っての食事会だ。この日はとにかく美味しいものをお腹いっぱい食べることになるよ、と先日から言われている。これがアメリカ人のThanksgiving Dayなのだ。別に悪い意味ではなく。実際に今晩の食事会はかなり楽しみだけど、今は"Happy Thanksgiving Day!"とは言えない気分。頭の片隅にはそのこともちゃんと憶えておかなくては。パーティーに行く前に知っておけてよかった。二人はパイを焼いたり今晩の準備を始めた。

2012.11.22 Thu. noon wrote.

Once in rainy Portland.


 昨日は朝から雨だった。リビングルームにエアーベッドを用意してくれているのでそこで毎晩寝ているのだが、どうやらすこしずつ空気が漏れてしまっていて、数時間おきに空気を入れ直す必要がある。だから毎朝目が覚めるとベッドにすこし埋まってる感じ。掛け布団を奪われたらちょっと面白い画になっているかもしれない。そんなベッドから起き上がってすこしゆっくりしていると雨が止んで、遠くの空からすこしずつ明るくなって来ていたので家を出た。まずコーヒーを飲んで一息ついたら昨日はダウンタウンの方まで行こうと思った。けど家を出てすぐにまた雨が降り始め、レインジャケットを着てコーヒーショップに駆け込む。雨は強くなっていったので、そこでゆっくり過ごそうと思い(一回ならおかわりがフリーだし)、友人へ葉書を書いていた。細かいところにも気付いてくれる友人だから、細かく色々と書き込み、ここに気付いて笑ってくれるかなとか思いながら遊んでいたら、だんだん雨が治まってまた日が差して来た。そしてダウンタウンへ向けて歩いて行った。雨が降り続いていたら、前日と同じように一日中家で映画を観たりすることになっていた。前日にマリーのDVDコレクションの中にラブアクチュアリーを見付けてしまったので、きっとそれを観て、来たるクリスマスシーズンに思いを馳せてじんわり温かくなっていたことだろう。きっと近いうちに現実になると思うけど。
 大きな川がポートランドを東と西に分けていて、家のある東側から西側のダウンタウンへと橋を歩いて渡る。雨上がりの日差しと強い風が気持ちよかったが、その橋を渡り終えるころにまたパラパラと雨粒を感じた。そしてまたそれはどんどん強くなって、今度は嵐みたいな大雨になり、パブか何かの入り口前に逃げ込んでしばらく雨宿り。数分経つと止んで、また歩き出す。昨日は変な天気だった。ポートランドのダウンタウンにある、アメリカで一番大きな独立系書店Powell's Booksへ。自分が店内のどこにいるのかわからなくなるほど大きくて見応えがあったが、英語の本を読もうとは思わないので結局行くのは写真集コーナーだ。今年青山の洋書店で買ったWim Wendersのフォトジャーナルブックを見つけた。彼が映画の撮影や旅の中で撮ったモノクロとカラーの写真に簡単な文章が添えられている、お気に入りの一冊だ。"Once..."という書き出しで、かつて彼が行った場所、見た光景、写真に写っているその背景の物語が短い文章で書かれている。手に取ってパラパラとめくって見ると自分が持っているものよりも写真の数が多い気がした。見覚えの無い写真がいくつもあったのだ。そんなのは気のせいだと思うし特に安かったわけではないけど、これは買ってもいいと思えた。装丁も気に入っていて、いつか作る自分の本の参考にしたいもののひとつだ。日本に帰ってから確かめてみて同じ内容だったら、一冊はいつか誰かにあげよう。きっとこれを持つべき人がいると思う。けどそのときにどっちをあげようか考える。一応見分けがつかなくならないように、パウエルズブックスのシールは剥がさないでおこう。そう書きながら、違う本を買っていてもきっと剥がさないだろうなと思った。
 今日は晴れそうだ。ジャックが声をかけてくれたので今からコーヒーを飲みに出掛ける。昨晩彼から届いたテキストはたった三つの単語の並びがきもちよかった。
"Coffee tomorrow morning?" 

2012.11.21 Wed. late morning wrote.

every good night

 この週末はまた灰色のポートランド、雨が降ったり止んだりを繰り返す。朝食を食べに行ったりマーケットへ買い物へ行ったりするくらい。二人があまり出掛けないから、同じように僕もほとんどこの週末は家にいる。彼らが働いている昼間はひとりでぶらぶらして、また夜ごはん前に合流してみんなでまったりする、平日はそんな感じ。気のせいだといいが、なんとなくお腹の表情がのっぺりしてきたかもしれない。ポートランドに来てからはアメリカ的な食生活、習慣の中にいる。ハンバーガーもピザもミートボールも好きだが、この生活が続くのはあんまり良いことじゃないなと感じる部分は、やっぱりある。彼らは朝と昼は外で食べているし毎日は料理しないが、夕飯をつくる時はマリーはすごく丁寧に料理をする。昨日はミートボールがごろごろ入ったトマトスープと、ピーカンパイも焼いてくれた。今日は今ちょうどチキンの何かと、今日もスイートポテトパイを焼いている。毎回本当に美味しいので今晩も楽しみだ。手伝いを必要とされないので、こうしてパソコンを触ったり、本を読んだりし、たまにいい匂いに誘われてキッチンを覗いたりして夕飯ができるのを待つ。子どもの頃の記憶がよみがえると言ったら大袈裟だが、なんともお客様的なポジションにすこし申し訳なさも感じる。けど彼らがこうして快く振る舞ってくれる優しさを美味しくありがたくいただく。食べ終わる頃にきっと今晩も近所の友人が来て、テレビを見たりゲームをして過ごすのだろう。もう今ぼくとマイクはビールの瓶とスナックの袋を開けてしまった。そういえばTANNER GOODSの工房では、夕方四時半ごろに一日の終わりのミーティングをするが、そのミーティングの時にもうビールの瓶を片手に話をしている人がいたのが印象的だった。工房の片隅にビールの自販機があった。
 ゆっくり書き(打ち)進めている間にやっぱり、そして予想以上に早く、同じアパートに暮らすカールが来た。カールとは本当に毎日会っている。ぼくのこの一週間の経験からすると、彼は僕らの夕飯ができる頃に自分も夕飯を食べに帰って行って、そして九時頃になったらまた来るだろう。

24


心温まる写真が届きました。

2012.11.16 my 24th birthday.

Elderly Youth

Jack and Tron, outside the pub.

 今朝もゆっくり起床、起きたらもう二人は居ない。アパートの地下にあるコインランドリーへ、溜まった洗濯物を持って行き、コーヒーを買って来て、パソコンを触る。昨晩は先日友達になったジャックが誘ってくれて飲みに出掛けた。ジャックは大学生だが、彼もまたTANNER GOODSで働いている。トローンという名のこれまたTANNER GOODSで働く男の子も一緒だった。工房ではベルト作り担当のトローンはアーティストでもあり、彼の描いたドローイングをすこし見た。彼らは一緒に家をシェアして暮らしていて、先日すこしおじゃましたときにトローンの部屋も勝手に覗いたのだ。何を描いているかは分からないような画だが、かっこよかった。彼自身もなんだか雰囲気のある、魅力のある男だ。ジャックは20歳、トローンは22歳で二人とも年下なのだけど、日本のその歳の子たちとは明らかに違うことを感じている。誤解も生みそうだし、あまりいい言い方ではないのは承知だが、けど本当にそう思う。一人一人が堂々としている、というのは今回アメリカに来てから感じている大きなことのひとつで、それは若い彼らにも同じように感じる。そしてすごくよく気付いてくれる。気遣いが身に付いていることも感じる。サンフランシスコで頻繁にコーヒーショップに通っていたときに何度も感じたのは、店員も堂々としているということ。いい意味だけではない。レジで頬杖をついたまま注文を聞いてきたり、フレンドリーと感じられるラインをすこし超えてしまっているような、僕みたいな日本人からすると「その態度は感じ悪いなあ」と思えるシーンが何度もあった。けど、それは彼らの態度が悪いという訳ではなくて、僕が日本人だからそう感じてしまっているだけかもしれないなという考えに至った。きっと周りのみんなはそんなこと感じない、あまりにも普通なことが起きているだけなんだろうなと。日本の多くの店での店員の態度は腰が低すぎるとも思うしもっとカジュアルでいこうよと思うが、同時に僕はそんな日本人の、人に気を使うところが好きだなあという考えにも至った。すこし話が逸れたが、ジャックたちは全く年下ということを感じさせることも無く、むしろすでにすこし頼れる存在でもある。年下とか年上とかいちいち書くのもナンセンスだなあと今恥ずかしく思うが。今のところ毎回僕にお金を払わせなかったり(彼も貧乏学生なのに)、色々と細かい気遣いもしてくれ、とにかく気持ちよく付き合える。敬語とかタメ口とか、その使い分けが無いのも大きいのだろうなと思う。
 昨日はそんな二人と久しぶりにすこし酔うほど飲んで、楽しい夜だった。アメリカは21歳にならないとお酒が飲めないのでジャックは友人の運転免許証をごまかして使っているが、昨日行ったひとつの店はIDチェックが厳しくてそれを取り上げられた。彼は誕生日が来るまでのあと数カ月どうするのだろう。そして無理矢理つなげるが、僕は今日誕生日を迎え24歳になった。今晩も彼らが夕飯に誘ってくれているので、きっとまた楽しい夜になるのだろう。美味いピザを食べに行こう!と言っていた。
 これを書いてる間にもうとっくに乾燥機は止まっているので、取りに行って早く出掛けよう。気付いたらもう午後だ。トローンが誕生日プレゼントにベルトを作ってくれるというので、今日はまたタナーグッズの工房へ行く。

2012.11.16 Fri. afternoon wrote.

アメリカ人


 昨日見つけて気に入ったCELLAR DOOR COFFEE ROASTERSへちょっと散歩がてら朝のコーヒーを飲みに行く。今朝は紙コップで持って帰り、家でパンを食べながら。こうして家の近くに"ちょっとコーヒーを飲みに"行ける、そして行きたくなるようなコーヒーショップがある町で暮らしたい。
 昨晩はタイ料理をテイクアウトし、三人でTVを観ながら食べた。そうこうしているとまたしても同じアパートのカールがやって来て、映画を観に行こうという話になった。歩いてすぐのところに映画館があり、そこでは007の新作が上映されている。それは数日前にその前を歩いたときに確認していたが、まさか観に来ることになるとは。英語もきっと大して聞き取れないだろうし楽しめるかな、と正直あまり期待せずに着いて行ったが、最初の予告編が始まってすぐに、来てよかったと思った。僕には理解できないジョークにも声を出して笑い、映画ならではのあり得ないアクションシーンでもいちいち声を出してドッと沸く。本当にその瞬間観客みんながひとつになるような、そんなふうにみんなで盛り上がりながら鑑賞していた。欧米のジョークに笑うことができずひとり黙って観続けたが、僕は僕で、みんながそうしてドッと沸くたびに「これがアメリカ人か」と面白がっていた。そして帰り道に映画の感想を言い合いながらそれぞれの家に帰って行く。「映画としてはそんないい映画じゃないけど、観てて楽しいでしょ」と言っていたことや、最後エンドロールが流れ始めるとすぐにみんな一斉に席を立って帰るのを見て、これがこの人たちの映画の楽しみ方なんだな、と感じた。アメリカ人の、とまで大きく括ってしまえるほどまだ他の人たちを知らないが、少なくとも昨日あそこにいた人たちは、そういうエンターテイメント、娯楽をみんなで観て盛り上がる、という行為が単純に好きみたいだ。今や派手なアクション映画を観ることはほとんど無くなったし、映画を観に行ってもただ黙って画面を眺め、(多くの日本人がそうであるように)"自分とその映画"という付き合い方をする僕なんかからしたら、みんなで楽しんでいる様子はなんだか可愛らしいなーとも思える。アメリカに来ていてもこれまでは多くの時間を自分ひとりで過ごしていたり、頼れる日本人が近くにいたりしたが、こうしてアメリカ人の生活の中に入っている、という面白い時間を今のところ毎晩ここポートランドでは過ごしている。
 今日は昨日を上回る快晴だ。歯を磨いたら歩き出す。

2012.11.15 Fri. before noon wrote.
フェイスブックで誕生日おめでとうのメッセージが届いた。時差で日本はもう明日なんだね。

PORTLAND, feeling good

昨晩のちゃんこ鍋
散歩日和

 まだ四日目だが、ポートランドが今回の旅で訪れた街の中で一番自分に合っていると思う。まだうまく言葉にできないが、なんとなくただの旅先、という感覚とは違う居心地のよさを感じられている。それは初めから友人の家に泊まれているという安心感や、その友人つながりでまた友人になれそうな人たちとも日々出会えていることもすごく大きい。泊めてくれているマリーとマイクは同じTANNER GOODSというMADE IN PORTLANDの革製品のブランドで働いている。昨日はその工房へ連れて行ってくれ、実際に製品を作っているところを見学した。スタッフのみんなもフレンドリーで感じがよくて、おしゃべりをしたりイヤホンで音楽を聴いて集中しながら、自分の好きなブランドの工房で活き活きと仕事をしている様子が羨ましくも思えた。オーナーのマークも親しみやすい人で、すこし話をした後、PORTLAND LEATHERという革の問屋のような大きな倉庫へ荷物を取りに行くのに連れて行ってくれた。友人がいて彼らが連れ出してくれることで、自分ひとりではなかなか経験できないことへと繋がっていく。本当にありがたい。「ここで働いている人はみんな日本に行きたがっているよ」とマリーが言っていた。「みんな日本のクラフトマンシップに興味があるの」と。
 ポートランドはいたるところにフードカートが出店していて、場所によっては駐車場にたくさんのフードカートがあつまっていたりする。昨日ランチを買いに行ったダウンタウンの中にあるそんな場所は、たぶん20~30軒くらい並んでいたと思う。毎日ひとつずつ試していきたいと思うほどどの店も魅力的だった。悩んだ末にチャーハン。そして昨日は夕飯にマリーががちゃんこ鍋をつくってくれた。"SUMO WRESTLER HOT POT -Chanko Nabe-"と書かれたレシピを見ながら丁寧につくられたちゃんこ鍋は本当においしくて、二人の優しさに甘えて腹一杯食べた。夕飯を食べ終わる頃、大体夜9時頃に、ほとんど毎日同じアパートに住む友人が2~3人集まってくる。今のところ上の階に住むフォトグラファーのカールという男とは毎日会っている。最初の日曜日の夜にマイクが「これはすごくアメリカ的なことなんだけど、日曜日の夜9時にはみんなでテレビを観るんだ」とは聞いていたが、どうやら日曜日に限ったことではないらしい。9時頃にノックをして、ビール片手に入ってくる。自分の家が毎日そんな場所になるのは僕はすこし嫌だが、今そんなアメリカ人の習慣の中に入っているのはおもしろい。コメディドラマやアニメ、バスケの試合を観て、その合間にサッカーゲームをする。久しぶりのテレビゲームに僕も同じように盛り上がる。ダッシュボタンはどれ?と聞いたら「俺たちはそれをトラベルって言うけど、ダッシュって言うのはかっこいい!」なんて言っていた。そうして二時間ほどリビングでみんなで過ごし、適当な時間になると「もう寝るよ」と行って帰って行く。そしてマリーとマイクもすこししたら「おやすみ」と言ってベッドルームへ行く。リビングにベッドを用意されている僕は自然と毎日そのタイミングでひとりになり、歯を磨いて眠りにつく。
 今日ポートランド4日目にしてやっと青空を見た。雨期に入っている今の時期はグレーの空が日常で、これはこれでポートランドらしくていいや、と思っていたがやっぱり晴れるときもちいい。歩き回るには絶好の日、コーヒーショップもひとつお気に入りを見つけて気分も軽い夕方。今晩はタイ料理を食べに行こうと話している。それとこないだのパンプキンパイはやっぱりあの日の晩に食べることができ、今や僕の好物だと言える。パンプキンビールというものも飲んだ。食が豊かというのと同時に、食を楽しむことができるのも豊かだ。今はそのどちらにも恵まれていて、お腹も気持ちも満たされるポートランドの日々。ありがたい。

2012.11.14 Wed. evening wrote.

Arriving in Portland, OR

This morning, Eugene, Oregon

 約十六時間半のバス移動は、終わってみればそんなに長く感じなかった。去年よく利用していた名古屋〜東京間の夜行バスはその三分の一ほどの時間だが、ほとんど同じような感覚だ。そんなにしっかり眠れたわけでもないのだけど。
 ポートランドでの初めの一週間ほどは、友人が紹介してくれた友人がパートナーと一緒に暮らしているアパートに泊めてもらう。MaryとMike。今朝は彼らがバスターミナルまでピックアップしに来てくれ、お気に入りだというカフェへ朝食を食べに行った。ここもコーヒーはスタンプタウンの豆を使っていて、すこし苦手意識のあるフレンチプレスで淹れるコーヒーだったけど美味しかった。最近サンフランシスコではニューウェーブの酸味系のコーヒーを飲むことが多かったが、今朝のコーヒーは違って、ちょうど好きな加減だった。そういえば先日会ったアンドリューも、「ニューウェーブのコーヒーは酸っぱいデスネ」と言っていた。こっちの人はみんなそれを好んでいるのかな、という気にもなっていたから聞いてなんか安心した。それからフレンチトーストにポテト、オムレツ、サラダ。アメリカへ来てから一番おいしい朝食だった。その分すこし値段は高いがまた来たい。今日は彼らがごちそうしてくれた。
 ここまで北上してくると気温は一気に低くなり、もう冬物の上着が必要だ。朝からずっと小雨が降り続く一日、「これがこの時期のいつものポートランドだよ」と言われる。10~12月が雨期だということは知っていたから、まさにこれなんだな、という感じ。残念な気にはあまりならない。そんなに大雨になることはあまりないそうだ。今日はその後家でゆっくりしたり夕飯の買い物へ一緒に行ったり、のんびりしている。本当に偶然なことにMaryとMikeは僕のおじさんおばさんのブランドが大好きだそうで、さらに親日家だ。だから初対面の僕を快く迎え入れてくれたのだろう。和食も好きでさっき料理本を見ながら「今週ちゃんこ鍋をつくろう」ということにもなったし、僕も今度夕飯をつくってみんなで楽しめたらなあと、期待が膨らむ。食を楽しめるというのはいいなあ。そしてポートランドは食を楽しむにはすごくいい場所だ。聞く話だとカリフォルニアのベイエリア以上に食に対する意識が高く、進んでいるという。さっきすこし買い物へ着いて行っただけでもそれは感じられた気がする。オーガニックという選択肢が当たり前に用意されていて、そして当たり前にそれを選択する消費者たち。もちろん一日目にほんのちょっと見ただけの感想だから大袈裟ではあるかもしれないけど。それとコーヒー文化もサンフランシスコ以上に活発だとも聞いた。個人的に自宅で焙煎して豆を売る人や、街中でカートや車で移動販売する人たちも多いと。
 今日は歩き回ることはしていないが、車に乗せてもらってすこし街を移動しただけで、ポートランドの雰囲気はすごく気に入った。正直、期待通りという感じ。この街の人たちは物事を小さく留めようとする気質があるようで、スターバックスも嫌っていて一店舗だけしか無いのだという。むしろ一店舗でも侵入されてしまった!という感じかもれない。大きなチェーン店を好まず小さな店がたくさんあるというのが、こうして居心地よく感じられる理由だろうと思う。窓際の机でこうしてパソコンを触っていて、すぐ横の歩道を歩く人と目が合っても、軽く微笑み合うことができてうれしかった。目の前に置かれている今日買って来たパンプキンパイは、夕飯後に食べられるのだろうか。今楽しみなことのひとつ。

2012.11.11 Sun. evening wrote.

The last day in SF.

The last morning in SF.

 サンフランシスコで過ごす最後の朝は、ここで朝ご飯を食べようと決めていた。ベーグルにスクランブルエッグとチーズを乗せてもらう。コーヒー豆はポートランドのスタンプタウンコーヒーのものを使っている。朝起きるとすこし空いたカーテンの間からきもちよく青空が見えて、いい朝を迎えられたと思った。すこし歩いてここATLAS CAFEへ来ると、健康的でかわいらしいスタッフの女性がにこやかに注文を聞いてくれる。どこから来たのか聞かれたので日本と答えると、「ワタシハァ〜◯◯(名前忘れてしまった)デスゥ〜」と、続けてとなりのスタッフを見て「カノジョハァ〜」と、なんともキュートな日本語を披露してくれた。今日のスクランブルエッグは今までで一番ふんわりしていて美味しかった。
 同じように最後のサンフランシスコの夜だった昨晩はイベントへ出掛けた。Mollusk SurfshopでThomas Campbellの写真展と写真集の出版記念のオープニングパーティーがあったのだ。そこではTommy GuerreroとRay Barbeeのライブも行われて、自分の好きな人たちがいきなり目の前にいるのがすこし変な感じだった。アメリカ旅行を考えていた頃、ノートにアメリカで何をするかというページをつくった。そこには真っ先に「トーマスキャンベルに会う」と書いてある。けれどそれを実現するために何の行動もして来なかったから、諦めていたところに昨晩の情報が入ったのだった。と言っても特に中身のある話は何もできず、サインをしている列に並び、久しぶりに緊張しながら何と言おうか考え、そのセリフを失敗しないように言っただけ、というのが正直なところだ。あんな焦る必要は無かったのだけど、あの空間で話すのは僕にはいっぱいいっぱいだった。すこしだけ後悔してしまっているが、それでも満足、と思える夜だった。それと、もちろん忘れずzineも渡した。自分の写真を見てくれて、家のどこかに置いてくれるかなと思うと安心する。
 モラスクへ行く前に、アンドリューという男と会った。彼は横浜に二年ほど住んでいたらしく日本語もかなり話すことができて、共通の知人がいたこともあっていきなりメールを送ってみたら、快く会いましょうと返事をくれた。モラスクのイベントのことを英語でメールを打って伝えたら、「いいね!行きたい!」と日本語で返ってきたのが面白かった。それからはほとんど日本語でメールを打ってくれたし、会ってからも日本語で話そうとしてくれた。待ち合わせていたバーには10分前くらいに着き、しばらく外で待っていたら中から「アツシ!」と言って出て来た。なんとなく大体みんなすこし遅れて来るだろうなと思っていたから、先に中にいるとは思わなかった。アンドリューとは誕生日が一日違いだったり、昨日は偶然にも紺色のニット帽にグレーのトレーナー、ジーパンと同じような格好をしていたり、なにか繋がりを感じられて、きもちよく付き合っていけそうだ。付き合って行きたいと思える素敵な男だ。そういえばトパンガでマイクと出会ったときも、白いTシャツに茶色のズボンと、同じような格好をしていたのを思い出す。1時間ほどバーで飲み、外へ歩き出したらすぐに路面電車が走ってくるのが見えたので走って乗り込んだ。モラスクへ行く前に彼の友人の家に寄ってビールを飲み、モラスクでもビールを飲みながら好きなミュージシャンの音楽を聴き、と、ついにそんな友人と過ごす時間を最後の夜に持ててうれしかった。アンドリューは途中で別のパーティーへ行ったのでモラスクを出てから僕もそっちへ合流したい気分にもなったが、別れ際の「日本で会いましょう!」という言葉が爽快だったし、これ以上はしつこい気がして帰りの路面電車に乗った。
 サンフランシスコで会えるかもしれなかった、会いたい人がまだいたのだが、きっとそう遠くない将来ちゃんと会うことができると思える。昨晩から今に続いてるこのいい時間を最後に過ごせていることがまた、そんな風に思わせてくれる。今回のサンフランシスコ滞在に満足できる。今朝家を出たとき、隣の家からは大音量でジャニスジョプリンが流れていた。

2012.11.10 Sat. before noon wrote.

cold and heartwarming

 冬も好きだと思うようになったのは最近なのか、前から好きだったけど特にそういうふうに意識することがなかっただけなのか。最近冬が来るのを楽しみにしている自分に気付くときがある。今日もすこし冷えてきた空気の中を歩きながら、そんな感覚を得た。どの季節が好きかという話になれば、すぐに夏と答えるだろう。春も秋も冬もそれぞれの良さがあるからそれぞれ好きだけど、なんてつまらないこともうっかり言いそうになるが、やっぱり好きな季節は夏だ。けど、ちょっと敢えて夏以外のことを。
 秋も好きだ。でも好きな理由を挙げようとして一番に出てくるものは「自分が生まれた季節だから」ということくらいで、それ以外には大した理由が無いことに気付く。それよりも最近わかったのは、秋に入って空気が冷えてきた街中を歩いていて、ヒュウッーと冷たい風が吹いたとき、来たる冬の存在を感じるあの感じが好きだということ。僕自身はクリスマスをそんなに意識するタイプではないが、クリスマスの時期のあのキラキラした雰囲気や、恋人たちがロマンティックなものを求めているような、そしてそこから生まれるあの雰囲気は好きだ。実際に、その時期が訪れるのを楽しみにしている自分がいる。恥ずかしい話だが、最近よくiTunesで再生してしまうのは映画Love Actuallyのサントラに入っている、Otis Reddingの歌う「White Christmas」なのだ。それを聴いてジワ〜と沁みるあの感じ、身体が冷えてくるからより一層そういうものを温かく感じられる。これはもうクリスマスが好きということにもなるのだろうか。なんとなく「クリスマスが好き」とまでは言いたくないと変な意地を張っているだけだろうか。まあとにかく冬の時期独特のあの感じ、きっとそれで伝わるだろうと思えるから「あの感じ」とばかり言ってしまうが、まさにあの感じが得られることこそが僕が冬も好きだと思える理由だ。街行く人が寒そうに肩をきゅっとさせて、背中をすこし丸めて歩いているのが微笑ましい。そして今の、12月に日本に帰ることが決まっている僕にとっては、その安心感、好きな人たちの元へ帰って行ける安心感がなんといっても大きくて温かい。ということで、秋はそんな「来たる温かい冬」を感じ始められる、思いを馳せられる時期としても意味のある季節だということに。
 春はどうだろう、春はやっぱり新しいことがはじまるようなあの雰囲気。専門学生の頃、春休みの間も学校へ行って暗室に入っていたが、新年度が始まるという4月のある日、いつも通り歩いていた名古屋駅の構内で「すれ違う人たちの顔ぶれが昨日までと変わった」と感じたことがあった。もちろん名古屋駅ですれ違う人なんて毎日みんな知らない人たちだから変な話なのだけど、なんとなくでも確かにそう感じたことは当時のノートへのメモに残っていて、それを覚えている。そして、秋の場合と同じような話になるが、どうしても「来たる大好きな夏」を感じて気分が軽く、楽になり始める時期なのだ。
 そんなふうに考えていると、やっぱりそれぞれの季節に求めていることや、それぞれ与えてくれるものがあって、どの季節も好きだなあという話になってしまう。日本人らしく四季を感じながら、というのは僕にはまだすこしきれい過ぎる言い方な気がするが、自分がその季節をどう感じて過ごしているか、過ごしていくかということに興味を持った。
 朝ご飯を食べた後、どうもスイッチが入らず長い長い昼寝をし、夕方にカメラとノートと財布を持ってぶらぶらと歩いた。昼間寝ていた間に大雨がザッと降ったらしく、そのせいか一気に寒くなった。上着のポケットに手を入れて気付いたら「寒そうに歩いている人」になっている自分がいて、同じように寒そうにマフラーを巻いた首を埋めて歩くきれいな女性とすれ違ったときに、温かい冬を感じたのだ。



Style Craft


 Sight Glass Coffeeは豆を深く焙煎することをしないらしい。先週まで泊まっていた宿が近かったこともあるが、サンフランシスコへ来てから何度か通っているコーヒーショップだ。スタイリッシュなのだけどお高い感じではなく、アコースティック。というのが僕がカリフォルニアのベイエリアに対して持っていたイメージだった。そして実際にこの土地へ来て見て回って、そのイメージしていたものを目の前に心地よく感じられることもよくある。それを選んで通ってくる客がまたその店のリラックスした雰囲気をつくっている。サイトグラスもそのひとつだ。コーヒーも美味い。けど、僕の好みにはすこし浅過ぎるかなというのが正直な感想。深煎りとまでいかなくてももうすこし香ばしいものが好きだ。けど今ここで書きたいのは、彼らのスタイルのこと。日本を出る前に手に入れた雑誌Casa  BRUTUSカリフォルニア特集号(Topanga Canyonのこともこの中で知った)にはこっちの最近のコーヒーショップに関する興味深い記事もあった。日本の焙煎家オオヤミノルさんがコーヒーショップを訪ねて行き、オーナーたちとコーヒー談議をしていくというもので、文章は岡本仁さん。写真は高橋ヨーコさんで、コーディネートをしたのはトパンガでお会いした武藤彩さん。その中のサイトグラスへのインタビューの中で彼らは、「深く焙煎すれば豆を炭化させると、シンプルに考えています。僕らはコーヒー豆の持つ美しさを表現したい」と言っている。それに対してオオヤさんの「深煎りでしか出せない味わいもあってそのふたつがどっちもおいしいなら、ローストの幅がある方があるほうがおもしろいんじゃないか」という問いへの彼らの答えが特に印象的で、それ以来心のどこかに残っている。「そのフレーバーの違いは僕らもわかっています。でも、僕らは1つの豆を5段階の焼き方に分けて、という方法は採りません。その中の1つを僕らの料理法として見極めて出しているんです。」
 すこし前に書いた、他の選択肢を持たないという選択、という自分の写真のことと関連づけるのは強引かもしれないが、そのひとつの選択に誇りを持ってプロフェッショナルな仕事をしていることにすごく惹かれるのだ。「一晩中でもその話を突き詰めたいと、オオヤさんは時間がないことをとても残念がった。」とその記事は結ばれているが、そのつづきは僕も本当に聞いてみたい。何か勇気づけられるような言葉をそこで聞けるだろう。そんな風に共感、尊敬できる人との共通点を(時にはすこし強引にでも)見出しては勇気づけられたり、うれしい気持ちになる。人のことが気になるこの性格は変わらないが、今のところは、たまにそうして自分の立ち位置を確認したりする。

 カメラはものごとの「なぜ」に答えるのに適した道具ではない。むしろその問いかけを喚起させるものだ。うまくするとカメラ特有の直感で、質問すると同時に答えを出してくれる。だからこそカメラを手に、そんな「偶然のシャッターチャンス」を求めて、私はあえて当てずっぽうに歩き回って来たのだろう。 ー Henri Cartier-Bresson

 以前も載せたブレッソンの言葉だがこれも、彼も当てずっぽうに歩き回っていたんだな!(もちろん翻訳される前にどんな言葉を使っていたか知らないけど)なんて、僕もそうしていきますなんて伝えたいような気持ちにさせてくれる。

こだわるヒト

 11月だというのに半袖でいても暑い陽気で、久しぶりにビーサンで歩き回った。去年は靴を履く必要のある日以外は春から冬の初めまでビーサンで過ごしていたが、今年は割とおとなしく靴を履いている。靴を楽しむようにもなってきた、という感じ。だからだろう、"ビーサン仕様"だった足が靴に慣れて弱くなってきていると思う。弱いというマイナスな言い方を選ぶのは、できるだけ裸足で過ごしていたいという理想はまだ持ちつづけているから。ビーサンは葉山のげんべい!と決めているが、そのなんとなくのこだわりについても考える時が来ているかもしれない。これぞビーサン、という飾り気の無いところが好きなのだが、歩き回るには正直ペタペタ過ぎるなというのも感じているのだ。けれど言い換えればそこにビーサンの美を見出しているようなものだし、そのスタイルを続けているブランドへのリスペクトをこちらも表現する意味でも、きっと使い続けるのだろう。もっと履き心地よく進化を遂げている他のビーサンをたまに試着して、ああきもちいいと感じながら。そんな変なこだわりがその人をつくっていくのだから、そんな変なこだわりほど大切にしたほうがいいかもしれない、と今書きながら思う。けどこだわり過ぎると苦しくなっていくから、こだわり過ぎないようにも心掛けたい。その中で貫いていけるものがあるはずで、そんなことをいくつか抱えて暮らしていけたらいい。

still walking around.


 無印の、ポケットのついた一冊のノートを手帳として使い始めて三年が経つ。ポケットの破れた部分は糸で繕い、ジップで閉まらなくなった部分はマジックテープを貼るなどしながら使いつづけている。まだ手の着けられていないページをざっと見た感じでは、あと半年ほど使えそうだ。ただの白いページのノートなので、見開きに自分で枠を描いてカレンダーにし、そこにちょこちょこと予定を書き込む。ずっとその枠を描く作業だけは、なんとなく色鉛筆で月ごとに色を変えることを続けてきたが、最近はただの黒いボールペンで描いている。その他のページには日々のメモや、出会った人から書いてもらった連絡先(これが一番好きなページ)など、三年分を見返してみるとそれなりに充実した内容の一冊だなあと、カメラと同じくらい大切なモノだ。
 二年前の今日11/5のマスには「ブラジル朝イチ~4」とある。当時働いていた名古屋の金山ブラジルコーヒーのシフトだ。翌日6日土曜日には「最終仕上げ、出発」とあるが、準備が間に合わなかったのだろう、出発がバツで取り消されていて、さらにその翌日7日日曜日に改めて「出発、18:30~搬入!!」と書かれている。TAMBOURIN GALLERY(tokyo)での、自分の初めての個展のことだ。数日前に、そうか二年前の今頃はちょうどタンバリンで展示していた頃だな、と思い出していたが、改めて手帳を見返したらまだ来週のことだった。去年春日井のCAWAでの展示はちょうど11/2に終わったところだ。秋生まれの自分にとって、秋は何かイベントを行いたくなる季節なのだろうか。実際にタンバリンでの展示の日にちを決めるときは、ひとつ歳をとる前に済ませたいと思って誕生日が来る直前を選んだのだった。ちなみにその時の11月の色は青。秋らしくないが、これは僕の一番好きな色だ。そのときどう思って青を選んだのかは覚えていないが。
 "Walking around, Standing by"というのがその展示のタイトルだった。歩き回って、傍観する。今もそれは変わらない、むしろもっと歩き回っているくらいだ。スナップで撮影を続ける写真家には当たり前すぎるタイトルだが、「傍観」という言葉がストンと腑に落ち、さらに英語を使いたかった自分にはこれ以上のアイデアは出なかった。今ひとりで歩き回る日々の中で撮っている写真は、まさにそのつづきの様なものだと思う。日本に帰って現像、プリントしていくのが楽しみで仕方がない。変わっていないと思っているスタイルの中で、目に見えるカタチで何か変わっているものを発見できたらそれもうれしい。
 今年の正月に神奈川へ引っ越してから8月まで、今までにないくらいきっちり週6日の仕事をしていたから、1,2月のカレンダーにはほとんど何の書き込みも無く、3月からはそのカレンダーのページすら作っていなかった。そして9月からまた再始動したカレンダーは黒いボールペンしか使われていない色気の無いものだが、その空欄にも何か意味を感じられるような、そんな旅の日々をあと一か月。風邪をひいてここのところ滞在先の友人宅に引きこもりがちだったが、昨日からやけに暑いくらいの天気で、Tシャツで過ごせる、また日に焼けるような日差しだ。