10/30/2012

Let's go Giants...?


 昨日のつづきのような文章になるけど、あの後カメラと、酒が買える程度のお金をポケットに入れて外へ出た。
 サンフランシスコのメインストリートらしい"マーケットストリート"までは宿からすぐ行ける。やっぱりその通りが一番激しく盛り上がっていた。行き交う車はみんなクラクションを鳴らして走って行く。どけどけという意味ではなく、みんなの興奮をあおるような感じでクラクションを鳴らしながら走る。歩道を歩く多くの人々もそれに応えて「Let's go Giants!!」と叫び、それだけで迫力のある光景で、僕もなんか楽しくなってきた。やっぱりサンフランシスコの野球チーム、ジャイアンツがワールドシリーズを制覇したようだった。みんなマーケットストリートを東へ向かって歩いて行っていた。どんどん人の数も増えてヒートアップしていく雰囲気があり、フィルムが足りなくなると思って一度宿に戻った。
 マーケットストリートを東へ、みんなを追いかけるように歩いて行くと、大きな交差点でみんなが集まっていた。もう聞き慣れてきたあのジャイアンツコールや対戦相手だったデトロイトタイガースへの「Fuck Detroit!!」コールが沸き起こって、みんなの興奮も最高潮に達しようかという感じ。すこしするとまた東へ移動し始め、その先の大きな交差点で再びジャイアンツの塊ができた。そこへ行くまでに、空き瓶が投げられたり店のショーウィンドウが割られたり、そんな過激な行動も見え始めてだんだん危険な雰囲気も増していった。気付くとすこし先には警官の集団もできていて、それでもみんなそんなことを気にするテンションではないので、めちゃくちゃにやり続ける。交差点に入ってきた車の上に乗って飛び跳ね、運が悪い車は窓ガラスを割られる。警官へも空き瓶が投げられ、彼らが迫ってくるとみんな逃げて、愚かな者は向かって行き捕まりそうになる。警官が下がって行くとまた「Let's go! Fuck the police!!」と挑発し始める。警察に銃も向けられた。僕に向けられた訳ではないけど、その男の数メートル後ろにいたので、その時はさすがにヒヤッとして逃げた。そんなことがひとつの大きな交差点で繰り返されていた。もはやそれはお祭り騒ぎなんかではなく、ただの暴動になっていった。ジャイアンツの優勝を喜ぶ夜ではなかったか。誰がそんな状況を望んでいるのだろう。けれど、もう彼らにそんなことを考えられる理性は残っていなくて、ただハイになってみんなで騒ぎたいというだけだったのだろう。正直言うと、ぼくもその状況にすこし興奮して楽しんで写真を撮っていた。早い段階でiPhoneの充電が切れてしまったのですぐに見せられる写真は無いが、とりあえず自分のカメラでできるだけ前線に行って撮影を続けた。けど僕よりも一歩も二歩も踏み込んだところで撮影し続ける一人のかっこいい女性カメラマンがいた。
 街中のゴミ箱を集めてきて、紙類に火がつけられ大通りの真ん中で焚き火が始まる。全くイカレタ状況だった。すると後ろの方からワアーッと大歓声があがったので振り向くと、今度は市バスが標的になっていた。あの時は、あの交差点に入ってきたら最期、という感じだった。過激な連中がバスの窓ガラスを割り、車体をボコボコにして、ついにバスにも火がつけられた。運転席の辺りにあっという間に火は燃え広がり、車内の電気は消え、クラクションが鳴り始めた。勝手にクラクションが鳴り始めたのはなんとも奇妙だった。そして黒煙が勢いよく吐き出される。スクリュー状に渦を巻いて飛び出てくる黒煙はかっこ良くも見えた。あまりにイカレタ、映画でしか見たことのないような映像が目の前で繰り広げられていたのだ。危ない匂いもしはじめ、さすがにこれはヤバいぞという雰囲気になったところで、警官がやっとみんなを交差点から追いやり、消火作業が始まってその暴動は収まっていった。
 まだすこし周りを歩きつづけ、なにか面白い出来事が起こっていないか探し歩いた。もうそれからはみんなやっと家に向かって歩きはじめた様子で、街も静かになっていった。その後また例の交差点へ寄ると、消火作業の終わったバスが空しくポツンと止まっていた。黒こげになった車内、割られた窓ガラス、いたるところが凹んでいる車体。寂しそうな画だった。今頃になってその惨事を知ったらしい人がぽつりぽつりと集まってきて写真を撮っていく。ハロウィーンパーティーの帰りなのだろう、その時はもうジャイアンツのユニフォームを着た人は少なく、仮装している人がちょこちょこ見えた。30分前の喧噪が信じられないほど一気に静かになったその交差点の周りでは、警官も装備を外してもう帰ろうというところだった。自分の親と同じくらいの歳のおじさん警官が足を引き摺って歩いている。帰り道、あの最前線で写真を撮りつづけていた女性カメラマンも見掛けた。あのでかいレンズとフラッシュの付いたカメラを見た感じでは、きっと報道カメラマンとしてやっている人なのだろう。アシスタントらしい付き人にカメラを渡しているその表情は、疲れきっていて、悲しそうにも見えた。
 昨晩、きっとここがアメリカで一番アツイ場所だったのではないか。無責任なひとりの旅人としては、面白い経験ができたというのが正直な感想だ。けれどその帰り道からやっと感じ始めた、あれは悲しい出来事だった。もちろん、あれだけの人が集まっていたが、実際に過激な行動をとっていたのはその一部の連中だということは書いておかないといけない。まあなんにせよ、応援している地元のチームが優勝して喜んで、なのにその地元の街をむちゃくちゃにしてしまうというのは......。完全にイカレタ経験だった。僕には理解できない。ここがアメリカだからだろうか。僕の心にはかなりのビッグニュースとして焼き付いたが、彼らにとってはそうたいした出来事ではないのだろうか。スケールのでかい国だから、そんなふうにも思えてしまう。