Let's go Giants...?


 昨日のつづきのような文章になるけど、あの後カメラと、酒が買える程度のお金をポケットに入れて外へ出た。
 サンフランシスコのメインストリートらしい"マーケットストリート"までは宿からすぐ行ける。やっぱりその通りが一番激しく盛り上がっていた。行き交う車はみんなクラクションを鳴らして走って行く。どけどけという意味ではなく、みんなの興奮をあおるような感じでクラクションを鳴らしながら走る。歩道を歩く多くの人々もそれに応えて「Let's go Giants!!」と叫び、それだけで迫力のある光景で、僕もなんか楽しくなってきた。やっぱりサンフランシスコの野球チーム、ジャイアンツがワールドシリーズを制覇したようだった。みんなマーケットストリートを東へ向かって歩いて行っていた。どんどん人の数も増えてヒートアップしていく雰囲気があり、フィルムが足りなくなると思って一度宿に戻った。
 マーケットストリートを東へ、みんなを追いかけるように歩いて行くと、大きな交差点でみんなが集まっていた。もう聞き慣れてきたあのジャイアンツコールや対戦相手だったデトロイトタイガースへの「Fuck Detroit!!」コールが沸き起こって、みんなの興奮も最高潮に達しようかという感じ。すこしするとまた東へ移動し始め、その先の大きな交差点で再びジャイアンツの塊ができた。そこへ行くまでに、空き瓶が投げられたり店のショーウィンドウが割られたり、そんな過激な行動も見え始めてだんだん危険な雰囲気も増していった。気付くとすこし先には警官の集団もできていて、それでもみんなそんなことを気にするテンションではないので、めちゃくちゃにやり続ける。交差点に入ってきた車の上に乗って飛び跳ね、運が悪い車は窓ガラスを割られる。警官へも空き瓶が投げられ、彼らが迫ってくるとみんな逃げて、愚かな者は向かって行き捕まりそうになる。警官が下がって行くとまた「Let's go! Fuck the police!!」と挑発し始める。警察に銃も向けられた。僕に向けられた訳ではないけど、その男の数メートル後ろにいたので、その時はさすがにヒヤッとして逃げた。そんなことがひとつの大きな交差点で繰り返されていた。もはやそれはお祭り騒ぎなんかではなく、ただの暴動になっていった。ジャイアンツの優勝を喜ぶ夜ではなかったか。誰がそんな状況を望んでいるのだろう。けれど、もう彼らにそんなことを考えられる理性は残っていなくて、ただハイになってみんなで騒ぎたいというだけだったのだろう。正直言うと、ぼくもその状況にすこし興奮して楽しんで写真を撮っていた。早い段階でiPhoneの充電が切れてしまったのですぐに見せられる写真は無いが、とりあえず自分のカメラでできるだけ前線に行って撮影を続けた。けど僕よりも一歩も二歩も踏み込んだところで撮影し続ける一人のかっこいい女性カメラマンがいた。
 街中のゴミ箱を集めてきて、紙類に火がつけられ大通りの真ん中で焚き火が始まる。全くイカレタ状況だった。すると後ろの方からワアーッと大歓声があがったので振り向くと、今度は市バスが標的になっていた。あの時は、あの交差点に入ってきたら最期、という感じだった。過激な連中がバスの窓ガラスを割り、車体をボコボコにして、ついにバスにも火がつけられた。運転席の辺りにあっという間に火は燃え広がり、車内の電気は消え、クラクションが鳴り始めた。勝手にクラクションが鳴り始めたのはなんとも奇妙だった。そして黒煙が勢いよく吐き出される。スクリュー状に渦を巻いて飛び出てくる黒煙はかっこ良くも見えた。あまりにイカレタ、映画でしか見たことのないような映像が目の前で繰り広げられていたのだ。危ない匂いもしはじめ、さすがにこれはヤバいぞという雰囲気になったところで、警官がやっとみんなを交差点から追いやり、消火作業が始まってその暴動は収まっていった。
 まだすこし周りを歩きつづけ、なにか面白い出来事が起こっていないか探し歩いた。もうそれからはみんなやっと家に向かって歩きはじめた様子で、街も静かになっていった。その後また例の交差点へ寄ると、消火作業の終わったバスが空しくポツンと止まっていた。黒こげになった車内、割られた窓ガラス、いたるところが凹んでいる車体。寂しそうな画だった。今頃になってその惨事を知ったらしい人がぽつりぽつりと集まってきて写真を撮っていく。ハロウィーンパーティーの帰りなのだろう、その時はもうジャイアンツのユニフォームを着た人は少なく、仮装している人がちょこちょこ見えた。30分前の喧噪が信じられないほど一気に静かになったその交差点の周りでは、警官も装備を外してもう帰ろうというところだった。自分の親と同じくらいの歳のおじさん警官が足を引き摺って歩いている。帰り道、あの最前線で写真を撮りつづけていた女性カメラマンも見掛けた。あのでかいレンズとフラッシュの付いたカメラを見た感じでは、きっと報道カメラマンとしてやっている人なのだろう。アシスタントらしい付き人にカメラを渡しているその表情は、疲れきっていて、悲しそうにも見えた。
 昨晩、きっとここがアメリカで一番アツイ場所だったのではないか。無責任なひとりの旅人としては、面白い経験ができたというのが正直な感想だ。けれどその帰り道からやっと感じ始めた、あれは悲しい出来事だった。もちろん、あれだけの人が集まっていたが、実際に過激な行動をとっていたのはその一部の連中だということは書いておかないといけない。まあなんにせよ、応援している地元のチームが優勝して喜んで、なのにその地元の街をむちゃくちゃにしてしまうというのは......。完全にイカレタ経験だった。僕には理解できない。ここがアメリカだからだろうか。僕の心にはかなりのビッグニュースとして焼き付いたが、彼らにとってはそうたいした出来事ではないのだろうか。スケールのでかい国だから、そんなふうにも思えてしまう。

keep walking in SF


 最近の朝ご飯は大体決まっていて、ベーグルにクリームチーズを塗って、あとはフルーツを。そこにコーヒーは無い。コーヒーを淹れるドリッパー、キャンプ用の小さく仕舞えるバネ状のものを旅をするときは愛用してきたが、宿のキッチンでなくしてしまった。数日前、やけに棚が整理されていたことがあって、その後から見当たらないのできっとそのときにどこかへ行ってしまったのだろう。周りにいいコーヒーショップがたくさんあることが救いだけど、いくつかのロースターの豆は自分でも買って淹れたかったので残念。だから、より一層コーヒーショップへ足を伸ばす理由ができてしまった。
 昨日は、愛知の友人がサンフランシスコに住む友人を紹介してくれ、スムーズに連絡を取り合うことができて、そのひとに会った。しのぶさん。しのぶさんは服を作っている人で、フィリピン系アメリカ人の旦那さんと息子さんと暮らしている。昨日の夜はそのまた友人のお宅へ一緒にお邪魔した。日本人、アメリカ人、中国人、そしてそれぞれのハーフの子どもたちが集い、英語と日本語と、下手な英語(これは僕)と下手な日本語で話が進められるおもしろい時間だった。なにより、久しぶりにそうしてみんなで食卓を囲んでおいしいご飯を食べられたことがうれしい。ここでも僕のzineをみんな興味を持って見てくれた。ひとり名前を忘れてしまったが、京都に何年か住んでいたというアメリカ人の女性は、佐渡島のアースセレブレーションのまだ初期の頃に、僕とおなじく三年続けて遊びに行っていたなど興味深い話もたくさんできて、全員が初対面の場だったが居心地はよかった。そしてさらに、僕の急な申し出にも快く旦那さんと検討してくれ、そして、今の宿の予約が切れるあさっての火曜日から、しのぶさんのお宅に泊めていただけることになった。サンフランシスコにはもうすこし滞在したいけど宿をおさえつづける出費は避けたい、という状況だった僕にとってこれ以上の幸運な出来事はない。いつでも助けてくれるのは友人のつながりだなあと感謝。貴代美さんありがとうございます。
 そんな訳でまだきっと10日ほど滞在するサンフランシスコ、まだ歩いていないエリアはあるし、そろそろバスや路面電車も活用しながら動いてみようかとも思う。昨日みんなと話していたら、一週間半居てまだ一度もバスに乗っていないことに驚かれた。それに今日同じ部屋にやってきた日本人の男の子は、電車を降りたサンフランシスコの東の端からここまで歩いてくるのがすごく遠くて疲れたと行っていたけど、ぼくはそこを往復するのが一日の移動ルートの一部に入っているくらいだから、やっぱりよく歩いてるんだなと実感。そのせいか、すこし膝が痛くなって来た。常にコンクリートの上。これも嫌いじゃないけど。
 もしかしたらジャイアンツが優勝したのだろうか、外から大きな歓声や車のクラクションの音が聞こえてくる、とにかくものすごい喧噪だ。すこしまたぶらぶら歩いて来よう。

COFFEE AND CAMERA

coffee break while raining, at Blue Bottle Coffee.

 今朝は目が覚めた時から雨が降っていた。コーヒーを淹れて、パンをトースターで温めてバナナを食べる。キッチンにはあまり人がいなかったので、割と落ち着いてゆっくり朝ご飯を済ませると、雨音はもう聞こえず外を見上げると青空が見えた。念のためレインジャケットをリュックに入れて今日も歩き出した。ここ二、三日で一気に気温が下がってきて、ここのところはTシャツにトレーナーを着ているのだけど、昼間でも日陰に入るとすこし肌寒い。天気予報では今週は天気が崩れる日が多いようだ。
 歩き回って疲れた午後三時頃、ちょうどまた雨も降りはじめてきたときに、気になっていたコーヒーショップにたどり着いて一息ついた。すこしすると雨は本降りになった。なんとなく足だけじゃなく気持ち的な疲れも感じていたので、雨が止んだらもう今日は宿に帰ろうと思っていた。四十分くらい休憩していただろうか、だんだん明るくなってきて、またスッキリと青空も広がったので席を立とうとした時、隣に座っていた初老の男性が僕のカメラを見て「レンズは何を使っているの?」と声をかけて来た。レンズを差し出しながら「これです、40mmの。これしか持っていないんです」というふうに応えると「私は50mm、ほとんど同じだね。今はこれしか使っていないよ」と言ってバッグから自分のカメラも出して見せてくれた。二人で「It's enough!(これ一本で十分だよね)」と共感し合えたうれしい瞬間だった。ローライの、機種名は忘れたが僕と同じ古いレンジファインダーカメラで、白黒フィルムで撮っている。名前はJames、彼もフォトグラファーだと言っていた。iPhoneの写真フォルダから見せてくれた彼の作品は、近年の(といってもまたこれも詳しい訳ではないんだけど)ロバートフランクの写真のような雰囲気だった。街で見つけた物を部分的に切り取った、繊細な感覚をもっているんだなと感じさせる写真。シンプルできれいだった。彼は興味を持ってフィルムのことや印画紙、どんな写真を撮っているのかなど色々と質問してくれた。僕はフィルムも印画紙や薬品もほとんどフジを使っていると話すと、「フィルムは100?そうか400か、いいね。けど今はもうつくられていないフジの600のフィルムが素晴らしかった」と話してくれた。フジの600なんて知らなかった。(ISO感度の話。) それからzineも見てもらったり、なんとかぎりぎりの英語力で楽しく写真談議ができた。うまく話すことはできないが、こうしてちゃんと聞く耳を持ってくれる人と話をするのは楽しい。彼もまた、ここに行くといいよとおすすめの場所を紙に書いて渡してくれた。人が書いてくれたメモが自分のノートに挟まれていくのは、人との出会いが目に見えるカタチで手元に残っていくようで、好きなことだ。手書きというのもやっぱりいい。一緒に店を出て、会えてよかったと握手をしてまたそれぞれの道へ歩き出す。この出会い、そしてこれがコーヒーショップでの偶然の出来事というのがきもちいい。自然と僕は、まだ宿には向かわずにもうすこし遠回りをして行くことにした。それからすこし歩いた先の路地で、地面に落ちている何かに静かにカメラを向けているJamesの姿を見た。雨上がりの西日が眩しかった。

Thinking future, Living today

 今回の旅のだいたい半分の時間が過ぎた。三か月なんてあっという間だよとよく言われてきたし自分でもそうだろうなと思っていたけど、実際には今「まだあと半分もあるんだなあ」と思う。
 帰るのがすごく楽しみだ。それは「早く帰りたい!」というのともすこし違う。こうして毎日一人でぶらぶら時間を過ごしているとやっぱり自分のこと、特にこれからのことを考える。これからの旅のことというよりかは、帰ってからのことの方をよく考えている。帰ってから自分のやるべきこと、できそうなこと、やりたいこと。写真を早く現像、プリントしていきたいということ、その写真たちをどういう形で発表していこうかということ、そして私生活の色々も、全部含めていろんな想像をする。それがすごく楽しくて「早くそのイメージを現実にしていきたい」という意味で帰るのが楽しみなのだ。正直帰ってから決まっていることは何もない。強いて言えば、来月からオーストラリアに旅に出る兄から「いつ帰るかわからないからよければ車を使って」という連絡をもらったので(ザッツとちょうど車を探していたところだったのでナイスタイミング)、帰ったらきっとすぐに一回名古屋に行くということくらい。
 わくわくしながらこれからのイメージをどんどん膨らませていられる、それだけでも既に旅に出た意味を感じられるのだけど、そんなことの次にこみ上げてくるのは、「まだあと一か月半も旅ができるのか!」というよろこびだ。三か月という期間はちょうどよかったかもしれない。
 今までもそんなものだったけれど、サンフランシスコについてからは特に、ひたすらぶらぶら歩き回って写真を撮ってはコーヒーショップ(呼び方はカフェでも何でもいいのだけど、僕はコーヒーショップと言うのが好き)を巡ったりする日々だ。単調な日々のようにも思えるがそんなことを考えるのはナンセンスだということにして、とりあえず今のところ毎日歩き回っている。一日に一、二回のコーヒーブレイクと、金銭的な問題で一回にしておかないとと思いながら二回行ってしまうことも多い外食を楽しみに歩き回っているような感じ。けど、実際に毎日手応えのある写真が撮れているので、その意味では充実している。今までにこんな毎日手応えの感じられる写真が撮れる日々なんてなかったから、今はこのチャンスを存分に生かしていたい。自分は写真を撮る人でありたいと再確認するような日々でもある。
 それと、なんといってもこれからの一番の課題は、いかに外食を我慢するかということだ。今回の旅に向けてお金を貯めている間でも、食事に関しては節約することがなかなかできなかった。するつもりもあまりなかった。贅沢という見方もあるかもしれないけど、おいしいものを食べてハッピーになること、は大事にしていることのひとつだ。もちろん高級なものという意味ではなくて。こうして街を歩き回っているとおいしそうなお店を見掛けるし、おいしそうな匂いが漂ってくるし、その中で我慢をすることがなかなかできない。しかしさすがに本気で節約スイッチを入れないと後の日々が思いやられるので、旅の間だからな、とインスタント麺をいくつか買って帰って来た。ホステルの共同キッチンはやっぱり好きになれない。このホステルは結構たくさんの人がいるので特にそうだ。けど、ここでも一日に一、二回コーヒーを淹れるときだけは、なんとなく自分の空間を確保できるようなような気分。ミルで豆を挽いていると結構チラ見される。
 早く帰りたい気持ちと、まだまだ旅をつづけられるよろこびを同時に感じる旅の半ば。正直なところ、早く帰って早く頭の中に浮かんでいる事柄を実行していきたい気持ちが勝っている。けど、きっとこれから更にそのイメージが膨らんだり具体的なものになっていったりするだろう、とこれからの日々に高まる期待。そんな考えが繰り返される。
ザッツの頭に乗ることを覚えたネム。
この子たちに会いたい気持ちも大きい

Topanga Canyon~Big Sur

Topanga Canyon
After surfing, North Malibu
Big Sur

 マリブの海岸線から山道を上がっていくと、トパンガキャニオンという渓谷がある。トパンガのことは日本を出る一か月前、たまたま本屋で見つけたCASA BRUTUSのカリフォルニア特集号を読んで知った。山の中にセルフビルドの小屋がいくつか建っていて、そこに個性的な住人たちが暮らしている、すごく興味の湧く記事だった。読んだその時から絶対にここには行きたいと思っていて、その住人のひとりである日本人の写真家、武藤彩さんと連絡を取ることができたのは一週間ちょっと前のことだった。そしてサンフランシスコへ向かってくる前、ちょうど一週間前の土曜日の夜にトパンガキャニオンの小屋へお邪魔した。
 もっと山奥の他に何もないような環境を想像してけど、道路沿いにたまにお店があったり家もちょこちょこ建っていて、意外と人の生活を感じられる場所だった。海岸線から10分ちょっと走り、メインストリートから一本入って行った先が教えてもらっていた住所だが、そこまで行くと真っ暗で何も見えない。言われていたように路肩に車を停め電話をするが応答がなく、数分闇の中をぶらぶらしていたら一台車が来て、僕のすこし後ろに駐車した。声をかけるとナツコさんという日本人の女性で、同じくアヤさんの小屋へ遊びに来ているということで後について歩いて行った。その時は謙虚に「ちょっとカバンをつくったりしてる」という程度にしか言っていなかったが、後でアヤさんに聞くとMe&Arrowというブランドを持っていて、結構がっつりといいカバンをつくっていることを知る。
 懐中電灯で小道を照らしながら歩いて行くといくつかの小屋が見えて来て、その先の特に小さい小屋がアヤさんの暮らす小屋だった。そこにはパートナーのKyleも来ていた。数日前にそのKyleがやっているLittle Wingsというバンドのことを聞いて、YouTubeでライブ映像を見たりして気に入っていたので、その本人がいてすこし驚いた。隣に新たに自分たちで小屋を建てているカップル(General Storeというおしゃれな雑貨屋をSFとVeniceでやっている)もちょうど来ていて、その友人たちも集まっていたりすこしずつ人が増えて来て、最終的には10人くらいでホットドッグとビールを手に焚き火を囲んでいた。あまり積極的に話に参加していくことができないので(性格的にも英語力的にも)、たまに誰かとすこし話をしてはみんなの話に耳を傾けてひとり地味にビールを飲みつづけていた。半分くらいは理解できていないのだけど。その中でもアヤさんのすぐ下の小屋に期間限定で暮らしているMikeとの出会いは特にうれしいものだった。Mikeは去年までオクラホマで自分のコーヒーショップをやっていて、そこを売ってから西海岸へ来たのだという。ポートランドとサンフランシスコですこし暮らして来て、今はマリブのコーヒーショップで働いている。それに僕が好きな古いワーゲンのバンに乗っていたり、なんだか出会うべくして出会えたような気分。その晩はMikeの小屋のソファで寝させてもらった。
 翌朝すこし二日酔い気味だったが、それでも山の中の小屋で目覚める朝は最高に気持ちがよくて、自然とテラスに出て深呼吸したくなる陽気だった。それからMikeが淹れてくれたコーヒーとアヤさんが用意してくれた朝食をピクニックテーブルで食べる。これ以上の日曜日の朝はないだろうと思うくらい。それからすこしまったりしてからみんなでサーフィンをしにマリブへ。マリブの海沿いにカイルのお母さんが暮らしていて、なぜか僕もそこへ一緒にお邪魔したり、カイルの車の助手席に乗ったり、その後夕方にはお母さんも一緒にランチとディナーの間のような食事をしに行った。それからまたトパンガへ戻り、のんびり飲みながらおしゃべりをしながら更けていく夜。トパンガとマリブのフルコースのような一日を過ごして、再びマイクのソファで寝た。
 翌朝はアヤさんマイクと三人で朝食をとり、昼前にはそれぞれの生活がまたスタートした。トパンガも時間がゆっくり流れている場所だ。期待していた以上のものがそこにはあって、きっとそういう場所なんだなと、他の人たちもここにくるとそれを感じているんだろうなと、そしてそれを感じてここに暮らすことを選んでいる人たちなんだなあと、すこし理解できた気がする。そして何よりもその機会を与えてくれたアヤさんに感謝です。失礼な言い方かもしれないけれど、頼れるお姉さんに会えた、という感じ。仕事のことですこし忙しそうだったのに、こちらにも気を配って色々と教えてくれた。またゆっくりお話ができる日がたのしみだ。実際にトパンガで知ったこと、トパンガでの出会いから繋がっていきそうなことがいくつかあるのだ。出発してからマイクの働くコーヒーショップで会った友人は、サンフランシスコでスケート系の写真の展示などをやっているギャラリーを持つフォトグラファーの弟を教えてくれた。先に書いたGeneral StoreのSF店で話をしたスタッフのRicoは、僕が写真をやっていてコーヒーも好きだと知ると、おすすめの場所をいくつも紙に書いてくれたり、話していてすごく感じもよくて仲良くなれそうな感じ。彼がもうひとつ働いている古道具屋ではzineを見てもらおうとしたら、「見せてくれる代わりにコレ。トレードだよ!」と店の棚から商品の古い栓抜きを持って来て僕にくれた。なんて気持ちのいい男なんだ。
 トパンガで、今回の旅が始まってから自分が求めていたような人やものにやっと巡り会えた感じ。そしてそこから繋がりはじめたこと、繋がっていきそうなことがまたわくわくさせてくれる。そんなことが頭の中を泳いでいるときの、サンフランシスコへ着く前日のBig Surでのキャンプは最高だった。日が落ちて暗くなる間際にたどり着いた無料のキャンプ場は、ただ海沿いの道から丘を上がっていく「道」があるだけの、キャンプ場とは言えないような場所だった。それでも海が見える道の端に小さなスペースを見つけ、車を停めて急いでテントを張った。それからコーヒーを淹れて一息ついていると真っ暗になり、懐中電灯の明かりも消すと、果てしないくらいの星空に驚いた。寒くもなかったのでテントの外にバスタオルを敷いてしばらく仰向けになった。レンタカー最後の夜にそこに居られることもなんだか感慨深くて、今までで一番のキャンプ体験だった。翌日レンタカーをサンフランシスコの宿の前に数時間停めていたら、僕の看板の読み間違えで、最後の最後で駐禁をとられた。痛い出費なのだけど、なぜかそこまで落ち込まなかった。

それぞれのスタイルを

 サンフランシスコにはやっぱり変な人がそこら中にいる。浮浪者と旅行者の境目についてすこし考えた。もちろん僕みたいな、貧乏旅行と言いながらも日々宿を確保できてご飯も食べていられる人は単なる旅行者だ。けど、路上で寝ればいいというスタイルで旅をしているバックパッカーもちょくちょく見掛けるが、その人たちと浮浪者との違いはかなり微妙なところだろう。いつか帰ることのできる家がある、というのが大きなちがいだろうか?けどそれも僕は確かめることができない。歳の問題かもしれない。彼らがもっと歳をとっていたら、疑いなく僕は彼らを浮浪者だと認識するかもしれない。これはただすこしだけ思ったこと。けどそういうことも含めて、この街には個性的な人が多くて、はじめは気後れしてしまう感じもあったけど、逆に今は「僕だって周りの人たちのことをそう気にする必要もないな」と思える。前にもこんなことを書いた覚えがある。
 今日はひとつの選択をしてみた。いつもよりもゆっくり歩くこと。ゆっくり歩いてよく見ることを心掛けた。やっぱり僕は写真を撮っていたくて、そのために物事をよく見ていたい。そのために歩くスピードを落としてみたら、気分が軽くなった。先に書いたことも含むこの街の多様な人のエネルギーもこれには関係していて、こんな色んな人がいる中で自分はどんな選択をしよう、という考えに至ったのだ。僕は写真を撮る。
 そしてもうすこしその選択を重ねていくと、どんな写真を撮るか、とかどういうスタイルで撮影していくか、とかいうことを考える。僕は写真はフィルムでしかやらないし(依頼をもらって撮った写真は今まで何度かデジタルでやったけど、今はそれについてもすこし考えている)、白黒しか撮らないし、3年前から使っているカメラのレンズはひとつしか持っていない。今は40mmのレンズしか使っていない、というか持っていないから選択肢がない。その、選択肢がないということ、言い換えると「選択肢を用意しない、という選択」も、ひとつのスタイルだと考えはじめている。もちろん、まだ写真で生活している訳でないからそういうことが言える、ということがとても大きいのは分かっている。けど、そこをどれだけ頑固にやって行けるか、そして食べて行けるのか、というのは僕も自分で楽しみなのだ。これに関しては今後のことを見てもらうしかないから、ぜひ厳しい目で優しく見守っていてください。
 もっと考えてること、書きたいことは日々生まれているのだけど、たまに思いついたときにこうして意思表明のようなものを書きながら自分に言い聞かせることも続けていく。それも必要なことだから。サンフランシスコは楽しくなりそう。


Music made my day.

 今回の旅に持ってきている音楽は、iPhoneとPCのiTunesに入っているものだけだ。けど車のFMと繋ぐあの道具を持っていないから、車での移動中は基本的にはラジオを聞いている。今いるロサンゼルスのあたりでは大体88.1に合わせる。ジャズとブルースのチャンネルだ。そして聴きたい音楽が思い浮かぶとiPhoneから最大音量で流す。といっても窓を開けて走っているとほとんど聴こえないのだけど。そして長距離を移動しはじめると、気付いたらザアーッと鳴っていたり他のチャンネルに変わっていたりして、その都度つまみをいじって気に入る音楽を探す。けど大抵の場合はアメリカの今の流行歌みたいなものかメキシカンで、そんなときはラジオの電源を切って静かに走る。
 カリフォルニアからアリゾナに入る手前の夕方、息抜きに寄ったガソリンスタンドの売店の中で、トイレから出てくるとGrateful Deadが店内のラジオから流れていた。それだけのことでなんとなく気分が良くなるのだから、音楽ってすごいななんて改めて思う。車に戻ってすぐにそのチャンネルを探しても見つからなかった。グランドキャニオンへ行った次の日の朝には、キャンプ場を出てチャンネルを回しているとBob Dylanの歌声が聞こえた。窓も開けてラジオの音量も上げて荒野を走るのが気持ちいい朝。続けて流れてきたのはThe BandのThe Weightで、なんだなんだ、というような気分で朝一番から盛り上げられる。フリーウェイへ乗る前にガソリンを入れようとガソリンスタンドへ寄ったのはちょうどその曲が終わる頃で、再び東へ走りはじめるとGrateful Dead。ラジオからそんな自分の好きな音楽が続けて流れてくるだけで、本当にそれだけでその朝は「いい朝」だということになり得る。ニューメキシコでタオスからサンタフェへ向かう途中の道は、岩の壁と川の間を下って行く交通量も少ないきもちのいい道で、その時はごきげんな乾いたブルースが流れていた。続けてピアノジャズ、その次にいきなりBob Marleyが流れ、そしてまたブルースに戻った。交通量の多い道に出たあたりで急にそのチャンネルは入らなくなってしまった。
 西へ帰ってくる時はほぼずっとiPhoneに入っている音楽を流し続けていた。ライブ版の方が眠くならないことに気付いた。さらにそれが自分で録音したものだとより一層効果がある。そんなことで、友人のライブなどでこっそり録音していたものを次々に聴いていた。Ettを聴いて郷愁を感じて、ナミさんの歌からにじみ出るものにすこし哀愁も感じたり、ツクモクのグルーヴ感に思い切り乗っかってみたり。途中からはイヤホンをつけて外の音を遮り、たまにトラックを追い抜きながら気付いたら半日で一気にカリフォルニアの手前あたりまで1000キロ近く走り続けていた。僕が行ったのはニューメキシコまでだからそう大したロードトリップではないのだけど、今までに経験のない広くずっとつづく荒野を見てきた今、ヴェンダースの映画を無性に観たい気分だ。そしてアメリカへ来てから一番聴いている曲はRy CooderのBoomer's Storyで、やっぱり今の僕はそのあたりの音楽にどんどん惹かれている。そしてそんなアメリカのルーツミュージック好きの日本のおじさんたちのかっこいいバンドをザッツが見つけた。というかこれもまたピーターバラカンさんのラジオで紹介されていたみたいだが、Lonesome Stringsというバンドで、中村まりさんと一緒に演っているアルバムを買ったようだ。電話口からすこし聴こえてきた音ですぐに僕も好きになった。Lonesome Strings、名前は聞き覚えがあるが初めて音楽を聴いた。電話でベーシストの人は今年亡くなったらしい、と聞いていたが、YouTubeでライブ映像を観ていたらその人は数カ月まえに友人がFBでその訃報を載せていた松永孝義さんだと知る。松永さんへの追悼の意を込めてつくられたアルバムも最近発売されたことを知り、迷わずamazonで買った。きっと今日中に日本の家に届くだろう。また電話口ですこしだけ聴くことができるかな。
 映画"Easy Rider"は未だに観たことがないのだけど、こんな動画を見つけたので。

Chimayo, NM & Indian Name

"Santuario de Chimayo" NM

 物心ついたときからアメリカインディアンのことに興味があった。といってもそこまで詳しい知識を持っているわけではなく、またしても自分の中途半端な好奇心に情けなさを感じる。彼らの生き方、考え方が書かれた本は数多く出版されていて僕もそのいくつかの読者だったのだけど、同時に彼らのアート、クラフトにも興味があり、特に織物の色や柄、質感に惹かれてきた。その織物で有名なブランド、ニューメキシコ州チマヨの"ORTEGA'S"に行ってきた。と、ここまで書いておいて少し不安になったので調べてみたら、チマヨ地方の織物とインディアンの織物とはまた違うことを今更ながら知った。興味がある人はこのページをチェックしてください。そんな勘違いをしつつ長年憧れていた場所に行き、ブランケットやベスト、カバンを眺め手に取り、店の奥で実際に機織りされている様子を覗いてきた。いくつもの我慢を重ねたが、ここでの出費は想定内なのだ、とカバンを購入。その近くにはこちらも有名なSantuario de Chimayo(チマヨ教会)があり、そこは万病に効くという「奇跡の砂」があることでも知られている。復活祭のころには十何万人という信者が集まるらしく、何百キロも十字架を背負って歩いて来る巡礼者もいるのだそうだ。長い距離を歩く、ということにやっぱり僕はなにか惹かれるものがある。数年前の、自分の名古屋から葉山までの徒歩旅行はただの好奇心で行ったものだが、アメリカインディアンのロンゲストウォークや、10代のときからなぜか20代のうちに行こうと決めているフランスからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路など、大きな思いを込めてひたすら歩き続けるという行為のもつ力を疑いなく信じる。チマヨ教会はそんなに大きな教会ではない。中に入ると前の方の席に数人座っている人たちがいた。その人たちは僕と同じく観光客なのか、地元もしくはどこかからやってきた信者なのかはわからなかった。その中でひとりすこし前屈みになってうつむいている、なにか祈っているような老人男性が見えたので、その二列後ろの席に座った。静かだった。誰か入り口から入ってくる人の足音がたまに聞こえてくる。中はすこし涼しくて空気(雰囲気)がシーンとしている。これはどこの教会にも通じるかもしれないけど。僕はキリスト教徒ではないし祭壇で磔にされているイエス・キリストに向かって本気で祈ることはしないが、その日は何かに向かって祈りを込めた。そこにいる何かを祈っている人たち、特に目の前の老人のその姿は本物だと思えたし、なんと言うか、僕はその人たちの祈りに乗せて祈った、という感じがしている。神聖な雰囲気の漂う空間で、その中で祈ることですこしでも何か大きなものへと通じてほしいと、周りの人たちから発散される祈りの神聖性に思いを馳せて便乗しようと試みた感じ。どういうふうに捉えられるか分からないけども、その時の僕はそうした。そしてしばらく座ってぼんやりしていると、前の老人は祈りを終え、立ち上がり通路へ歩き出した。そこで急に片膝を地面について、3秒ほどして立ち上がり、また外へと歩いて行った。僕にはその行為は何か意味のあることだったのか、ただ膝が痛んだというだけだったのかはわからないが、目を奪われてしまってずっと横目で眺めていた。
 インディアンのネーミングセンスにも感動した。Taos Pueblo内にある彼らが自分たちで営んでいる数々のお店の名前が、特に印象に残るものが多かった。あと車で走っていたときに見かけた地名も含めて、いくつか例を挙げる。
- Good Water
- Dead River
- SUMMER RAIN GIFT SHOP
- MORNING TALK INDIAN SHOP
- EVENING SNOW COME GALLERY
わかりやすい簡単な言葉しか使っていないのに、使っていないから、そこから見えてくるものがシンプルだけど豊かで物語的なのだ。こんなに潔い名前は気持ちがいいなと、妄想の中で将来やろうと思っているコーヒーショップの屋号をずっと考え続けている自分は気が楽になった。
- MORNING BIRD COFFEE
最近家族にインコが一羽仲間入りしたということもあるが、鳥が鳴き始める朝方にコーヒーを淹れ、本を読んだりおしゃべりをしたり朝一番のコーヒーブレイクをとっているときにだんだん日が差して来て、鳥たちが庭先にチュンチュン飛んできたらどんなにきもちいい一日のスタートだろう。ちなみに日本語表記になると「朝鳥珈琲」チョーチョーコーヒー。旅は学ぶものが多い。

Madrid, NM


"Java Junction" Madrid, NM

 ニューメキシコ州AlbuquerqueからSanta Feへはフリーウェイには乗らず、すこしだけ遠回りしてTurquoise Trailと呼ばれる州道14号線を走って行った。その日の朝にモーテルのロビーでたまたま見つけたチラシがその道を紹介するものだった。その名の通りかつてはターコイズ(トルコ石)が採れる地域だったらしいが、今はもうその沿線のほとんどはゴーストタウンになっているようだった。その中でMadridという町は観光地らしくショップやカフェ、ギャラリーが街道沿いに並び、路肩にはたくさん車が駐車されていて、店から店へと歩いている人たちがいた。そしてそのほとんどが紙コップを手にしていたのも印象的だった。スピードを落とし辺りを見回しながら一度町の果てまで行ったが、引き返して適当な空き地に駐車した。ちょうど隣に一台停まっていた古いピックアップバンの持ち主が戻ってきたので、ここに停めていいか確認した。僕のイメージする"カウボーイ"そのままの出で立ちで、年季の入ったヒゲをたくわえたおじさんだった。この町はきっとおもしろい、とわくわくが高まる。
 マドリッドはここ十数年で芸術家などおもしろい人たちが移り住んできて、また新しい時間、文化の流れが生まれている町なのだそうだ。確かに、いかにもアウトサイダーだなと感じさせる人をよく見掛けた。ニューメキシコの中の小さなヒッピータウンという感じだろうか。カメラと財布だけ持って町を歩く。午前10時、ちょうど店を開けているところだったギフトショップに入った。ひとつ大きなラグマットを気に入ってしまい、しばらく悩む。店員の女の子はさっき道の向かいの店で挨拶を交わした女の子だ。歳は同じくらい、今までに見たことのないほどきれいなエメラルドグリーンの目をしていた。話をすると僕が今回の旅で最後に行く、オレゴン州Portlandの出身だという。そんなことですこし会話をしながら、ずっとラグをどうしようか迷っていた。最高に好みの色と柄だが、2週間後にはまたバックパックでの旅になるのでこの荷物は大きい。結局、今は決められないからきっとまた来ると伝え、閉店時間を聞いて店を出た。その彼女もやっぱり紙コップを手にしていた。街道沿いの小さい町なので一通り見て回ってもそんなに時間はかからず、車に戻る前にカフェに寄った。JAVA JUNCTIONという、カラフルでゆるくてかっこいいセルフスタイルのカフェだ。みんなが手にしていたのはここのコーヒーだったのだ。常にお客がいて繁盛していたが、女性がひとりで切り盛りしていた。けれど忙しそうとか大変そうという雰囲気はなく、この店がもつ時間の流れの中で物事が動いている、という感じ。それにここには誰も急いでいる人はいない。店の二階ではB&Bも営んでいるようだった。オリジナルのグッズの数々にプリントされている言葉は"BAD COFFEE SUCKS"。いいカフェがあると安心する。自分の居場所ができる感じ。この旅の間、何度も改めて感じていることだ。
その日の夕方、サンタフェからの帰りにはやっぱりこの道を選んでまたマドリッドへ寄った。そして例の店へ行き、また悩む時間が始まる。小さなサイズの方にしようかとか、どうやってバックパックに括りつけようかとか。「本当に気に入ってるならその大きな方にすればいいじゃない。バックパックに括りつければ大丈夫。」と簡単にいう彼女は、僕のバックパックにはすでにテントと寝袋、あとサーフボードを車に取り付けているキャリアも括りつけなければならないことを知らない。気付いたら閉店時間まで悩み続けていたが、結局購入した。
 二日後、ニューメキシコの旅に満足し、再び西へと走り始める前にもう一度マドリッドへ寄った。ラグを買ったGhost Town Trading Postにも顔を出すと、この町に似つかわしいすこしファンキーでクールなおばさんがその日は店番をしていた。名前はBrent。そしてなんと彼女はSan Francisco出身だという。こんなニューメキシコのたまたま寄った田舎町で、気に入ったひとつの店の店員ふたりが西海岸のこれから自分が旅する町の出身だなんて。アメリカへ来ても、狭い世界だなあと感じることに。Brentも"Small world!!"と叫んでいた。さらに前回いた女の子の名前はStellaだと聞いたが、僕がアメリカへ来てから買ったスケボーのブランドはStella Longboardsだ。ご縁だなあとうれしくなり、自分の写真のzineを渡して、Brentも撮影させてもらった。zineも気に入ってくれて、そのときに入ってきたBrentの友人のヒッピー風のお兄さんは、「このレコードはボブマーリーか?この壁に吊るしてあるのはただのドライフラワーか?それともマリファナか?」と僕の写真を見ながらうれしそうに言ってきたり、そんな笑って話ができる時間が心地よかった。きっとここへもいつかまた来ることになるだろう。
この店の二人はもちろんそうだし、あとあのカフェも、どこかカリフォルニアの持つ雰囲気に似ていた。見えないところで何かが繋がっていること、そしてその何かの中に自分もすこし仲間入りしているような、その感じが旅の途中では特にうれしい。ロサンゼルスまで、寄り道もせずにまっすぐ走りつづけた。

Driving back to west.

Driving to east.




Kaibab National Forest.
Grand Canyon National Park.
"Sandstone Bluffs"
MOTEL. Grants,NM

 今晩もMOTELで穏やかな夜の時間を過ごす。今回の旅で初めてモーテルを経験して、一気に好きになった。アメリカを車で走っていると至る所でこの"MOTEL"を目にする。ホテルほどのサービスやリッチ感は無く、さびれている所はさびれているが、その分安く泊まることができるので旅行者にはやさしい。そして僕は安くて助かるからというだけでなく、単純にモーテルというものが好きになってしまった。外観がまず良いのだ。大きな"MOTEL"の看板、どことなく安っぽい造り、広い駐車場。ほとんどのモーテルはWi-Fiも使える。僕が利用するひとり用の部屋は大体が広い一部屋の中心に大きなベッドがあり、バス、トイレ、イス、テーブル、テレビ、場合によっては冷蔵庫や電子レンジも備わっている。簡単な朝ご飯もロビーでサービスしてくれるところも多い。今日のここは、コーヒーとドーナツがあると言っていた。持参しているフルーツも食べれば十分だ。オレンジとバナナは冷蔵庫に入れておいた。これまでは大体が2,3階建てだったが今日のところは平屋で、今まで以上に田舎っぽくてゆとりがあっていい。カリフォルニアでも何回かモーテルに泊まったが受付の人は機械的に仕事をこなしていた感じで、けど今日のここは夫婦で経営しているのか、生後4か月のかわいい赤ちゃんを抱きながら、チェックインの時もすこし楽しく話ができた。今晩は穏やかに時間が過ぎている。お金を気にする必要が無ければ、毎日ドライブした先で通りがかりのモーテルに泊まってロードトリップを続けていきたい。というのも、安いとは言っても僕はまだ12月まで旅行するので、毎日その出費が重なっていくのはさすがに金銭的に厳しいのだ。今日もここへ来るつもりではなかった。

 3日前にカリフォルニア、ベニスビーチの数日間滞在していた宿を出て、車で東へ走りはじめた。東へ行くとGrand Canyon National ParkのあるArizona州があり、さらに進むとAlbuquerqueやSanta Fe、Taosなどのアメリカインディアンの文化で知られる町があるNew Mexico州に入る。一昨日の夕方、グランドキャニオンの近くにあるKaibab National Forest内のキャンプ場にテントを張った。タダだと思っていたら$10必要だったが、まあ言っても800円だ。翌朝コーヒーを淹れて簡単な朝ご飯を穫っていたらスタッフの人が回って来て、「今晩もここでキャンプしていきたかったらタダでやっていっていいよ」と言ってくれた。僕たち休みだから、とかなんかそんなことを言っていた気がする。続けて、ここからグランドキャニオンまでどのくらいかかるか聞くと、「20分で行けちゃうよ。しかも今日は入園料$25を払わなくていい日なんだよ。今日はだいぶ出費を抑えられるねー」と、そんなラッキーなことがあって二日間キャンプしていた。一日目の夕方にテントを張り終えた後、コーヒーを淹れ、すこし散歩をした。たまに他の利用者の車の音が聞こえる以外には、鳥の鳴き声とどこかから聞こえてくる動物の遠吠えだけで、静かだった。木々の間からはちょうど傾きかけた西日がやわらかく差して来て、ゆったりとした時間の流れをじんわり感じた。豊かだなあ、と素直に感じられる時間だった。そんな時に思ったのは、ここにザッツ(相方相方と書いて来たが、ぼくは相方のことをこう呼んでいる)が一緒にいればどんなに幸せだろうということだった。その後夕飯をつくって食べ始めるときにも同じことを考えた。いつかきっとここへまた来よう、と思った。
僕はそんなにキャンプに慣れていなくて、今回学んだのはちゃんと明るいランタンがあった方が良い、というのと焚き火用の木を事前に集めておいた方が良い、ということ。暗いし寒いしで、夕飯食べ終えたらテントに入り、ノートを書いたりしてたらすぐ寝てしまった。もうすこし夜の時間も楽しみたいところだ。そして朝は凍えて起きた。急いで靴下を履きビーサンから靴に履き替え、ネルシャツにパーカーとダウンベストも着てやっとなんとかなった。日が上るにつれてまたひとつずつ脱ぎ、Tシャツ、ビーサンに戻る。
 そんなことで昨日はグランドキャニオンへ。トレッキングなどするつもりではなかったのでビーサンのまま駐車場から歩いていったが、気持ち良さそうなのでトレッキングロードをすこし下っていった。けどすれ違う人々に足下をチラ見されるのが気になったし、実際に「それで歩いてるの!?」って声をかけてくる人もいて、1時間くらい歩いて引き返した。富士山をサンダルで登っていた欧米人たちの方がよっぽど無茶に思えたが。グランドキャニオンは半日くらい歩けば谷の底まで行けるらしい。そしてその谷底に流れているコロラド川の辺りでキャンプもできるのだと聞いて、翌日バックパックも背負って出直して来ようと思ったが、それに必要な許可証のようなものはすぐに簡単に手に入らないと聞いて諦める。それから車でいくつものView Pointを回って満足した。グランドキャニオン自体は最高だった、と確かに思うが、僕はどうしても観光客がたくさんいると感動がかなり薄れてしまう。学生のころ行ったフランスのモンサンミッシェルもそうだった。そういう意味では、今日偶然行ったニューメキシコ州Acoma近くの"Sandstone Bluffs"という場所は、純粋に感動できる隠れスポットを見つけた気分で心が躍った。今日もキャンプ場を目指して車を走らせていたのだが、なかなかあるはずのエリアで見つからず、ここかな?と入っていった道の先にあったのがSandstone Bluffsだった。大きな岩の大地、崖、その上からの眺め、土なんてほとんど無いのに育っている植物、あったかい西日。しかも途中まで他に誰ひとり居なかった。カメラだけ持って岩を登って行くと上の方では風が吹いていて、帽子が飛ばされそうになった。先っちょの方に恐る恐る歩いていって、座ったり横になったりして、またその辺りをただぶらぶら歩いたりしていた。もう遠くに見える駐車場からひとりおじさんが歩いて来ていて、手を振ったら振り返してくれた。もうその頃にはキャンプ場のことは諦めていて、日が落ちてしまう前にモーテルを見つけることにした。
 このモーテルは居心地が良い。いつのまにか真夜中になってしまってお腹も空いてきた。あしたの朝のドーナツが楽しみだ。

2012.9.30sun midnight wrote.