8/12/2012

鶴間ディープタウン

 雲も多いが晴れている。お盆休み、五連休のスタート。
 おとついオアシスでのナミさんのライブを観に行けなかったことがやっぱり気持ちのどこかに引っ掛かっていて、ネットで調べたら、大和市鶴間駅の近くにある飲み屋で昨晩もライブをすることを知り、仕事後に行って来た。帰り道にすこし遠回りすれば寄れる場所だった。鶴間駅の辺りへは初めて行ったが、なかなかディープな町だと知る。多国籍な料理屋がちらほら見え、小さな飲み屋がちょこちょこある。時間に余裕もあったので、よさそうなタイ料理屋へ入った。タイレストラン、リナ。今まで入ったことのあるタイ料理屋で一番家庭的なゆるい雰囲気のお店で、とても気に入った。先に到着した相方が入り口のドアを開けようとしたら鍵がかかっていて、ちょうどそこに「買い物して来たから大丈夫」とタイ人のおばちゃんが帰ってきたそうだ。その後合流してから店に入って席に着くなり、「風呂行った」と言って来て、なんのことかよくわからなくすこし間が空いてから「風呂行ってまだ帰ってこない。娘。」と。思わず笑ってしまう。それから「何か食べたい〜?」とか、注文しようか迷っていたら「それはつくれるけど〜...今日はちょっとねえ...」とかニコニコしながら話すおばちゃん。お客も僕ら二人だけで、そんなゆるい雰囲気の中お腹いっぱい食べていたら、なんだか今晩の目当てがここに来ることだったかのような気になってしまい、気がつけばライブがはじまる時間になっていた。小田急線の線路沿いをすこし歩いて一本住宅街を入ったところに、会場となる菩南座(ボナンザ)という小さな音楽バーと言ったらいいのだろうか、音楽好きな初老の男性がやっている飲み屋はあった。客席の広さは四畳半。そこにお客が四人、ひとりはナミさんの身内の人だったかも知れないので、三人。僕らを含めると五人。そしてナミさんの横でギターを弾くお兄さんと、客席とそんなに変わらない広さのキッチンの中にいるマスター。太郎さんと呼ばれていた。キッチンは店の広さの割には余裕があったし調理器具もちゃんとあるように見えたが、壁には「酒以外無い!」と書かれた張り紙があった。それはどうやら本当で、ジンジャーエールか何かを頼もうとした相方には、ソフトドリンクは無いから何か買って来る、何でもいいんでしょと言って一分後、缶コーヒーとグラスが手渡された。壁にはたくさんのポスターとチラシが張られ、棚には何百という枚数のレコードが並べられていて、マスターの太郎さんは長く伸びた白ヒゲに白髪のロングヘアー、そして黒いキャップを深くかぶっていてずっと黙っている。もちろん店は薄暗い。そんな場所だ。念願のナミさんのライブは、連休前の夜としては出来過ぎというくらいの、気持ちのいい音と深い空気に満たされた時間だった。その狭さのおかげなのか、音がスーッと身体に入ってくる感覚だった。耳で聴くというよりも、ほんとうに身体の中に入ってくる感じ。いいライブではたまにその感覚を味わえることがある。あの場所であの人数の前で、あんなに出し切ったライブをしてくれたことが印象的だ。隣でギターを弾いていた、ポンさんと呼ばれていたお兄さんも最高だった。ライクーダーのBoomer's Storyのカバーを歌った時のポンさんのスタイドギターはどこか違う世界にトリップさせてくれるドラマチックな響きだった。ライブが終わり店の外へ出ると相方が「あのドア、どこでもドアだったよね?」と言った。神奈川県大和市鶴間。また新たなシーンを垣間見た。タイへも行ったし、その後のあの時間、ぼくらはどこへ行っていたのだろう。なんて、けどすこし本気で思っちゃうくらいの、浮遊感のある夜だった。僕はタイ料理屋のときからビールを飲みつづけていたということもあるが。