安物のジャージ

 初めて入る近所のスポーツ用品店で、きっと一番値段の安いジャージのパンツを買った。紺色の無地で、ブランド名もよくわからない物だ。好きでもないブランドのロゴがデカデカとプリントされた物を買うよりは、まだブランド名すらわからない、よくわからない物が見つかってよかった。本当にブランド名も何もプリントされておらず、内側のタグを見ると『カロライン(株)』という情報だけわかった。名前も気の抜けた感じで良い。さっそく夕方に近所の大きな公園までジョギングをした。こんなジョギングなんていつぶりだろうというくらい。今年の前半は植木屋の仕事で十分過ぎるほど毎日体を動かしていたし、今までも普段の生活の中で結構歩き回るほうだし、わざわざ時間をつくって運動することなんて無かった。ついにそれが必要と思えるほど運動不足を感じるようになったのだ。ロサンゼルスにいた9月、おばさんの家で体脂肪やら色んなものを測れる体重計に乗ったときに、みんなに驚かれるほどスポーツマン並の数値を記録したというのはもう思い出話なのだ。
 夕方四時半ごろ、気が付くともう日は沈んでいて、残されたオレンジ色に淡い水色と深い青色が重なって来ていた。ネムを鳥かごに戻し、ジャージのタグをハサミで切り、ウインドブレーカーを羽織って外に出た。携帯だけは持って行くことにしてポケットに入れて走り始めたが、ポケットの中で意外と動くのが気になったので手で握って走ることにした。一応時間も計ってみようと思って携帯のストップウォッチを起動させた。大きな公園があるのでそこまで行こうと思った。正確には、大きな公園のすこし手前に大きな池があって、前に自転車でそこを通ったときに水面に映る夕焼け空の色がきれいだったことが印象に残っているので、せめてそこまでは走りたいと思ったのだ。案の定その池に到着した時点でもうだいぶ暗くなっていたし、体力的にももう先に進む気にはならなかったので、結局公園までは行かなかった。それでもやっぱり池の水面の色はきれいで、そこに泳いでいるというか浮かんでいるたくさんのカモも気持ち良さそうだなと勝手に思ってしまう、静かな夕暮れ時の風景があった。もうすこし明るかったら違う道を通って帰ったかもしれないが、今日は同じ道を走って帰った。家に着いて庭で息を整えようとイスに座ると、額に汗が流れてきて背中でも汗がじわっと出て来ているのを感じた。これも久しぶりの体験だなあとなんとなく懐かしい気分になり、思い出していたのは植木屋で働いていたときのことと、高校生のサッカー部の頃のことだった。今日流した汗は、そのふたつの時のものとは比べ物にならないくらいちょっとだけの汗だが、汗の量以上に何か感じさせてくれたものがあった、といったらちょっと大袈裟だけど、なんとなく自分の中で何か新しいものが動き始めたような気分。そういうことは割とたまに感じることがあるが、気付いたら忘れてしまっていることがほとんど。今回のこのジョギングは続けていきたいし、続けていける気がする。店のジャージ特売コーナーに一本だけ残っていた無地の物がジャストサイズだというのも、そんなふうに前向きな気分にしてくれる出来事だった。

クリスマスイブの朗読


言葉によって、言葉にできない、新しい宇宙を生み出す——
宮沢賢治の不朽の名作『銀河鉄道の夜』を小説家・古川日出男が朗読劇にしました
誕生から1年、同じ日、同じ場所から、始発列車がふたたび発車します
古川日出男が独自の視点で脚本に仕上げた朗読劇『銀河鉄道の夜』は、みずからの渾身の朗読とともに、音楽家・小島ケイタニーラブの音楽と歌、詩人・エッセイスト管啓次郎の書き下ろしの詩、翻訳家・柴田元幸のバイリンガル朗読が加わり演じられる、まったく新しい「賢治」の世界です。

 昨晩行ったイベントのチラシより。
 そんな朗読会、いや朗読劇と言うほうがやっぱり正しい、に行ってきた。去年の昨日も同じ場所にいた。今回は、去年は出演されていなかった柴田元幸さんも加わってより一層おもしろかった。実を言うと、去年はウトウト眠ってしまったりして、それまで観たことのなかったまさに"渾身"の古川日出男さんの朗読が印象的な体験だったというくらいで、内容なども大して心に残っていなかった。友人が今年もその情報を持ちかけてくれたので一緒に行った、というのが正直なところで、柴田元幸さんのことも知らなかった。けどアメリカ旅行に持って行っていた雑誌Coyoteのオレゴン特集の一冊の中で、柴田さんが書かれた記事がそういえばあったな、ということを名前の響きから思い出し、アメリカにまで連れて行った一冊の雑誌の中で存在を知っていたということにすこしだけ、何かのご縁かななんて気にもなっていた。銀河鉄道の夜が始まる前に、柴田さんによる、ポール・オースターの『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』の朗読を聴いた。聴いているうちにそれはいつか観たことのある『SMOKE』という映画と同じ話だということに気付く。心の片隅に静かに残っている映画で、その原作を翻訳したのが柴田さんだったという訳だ。朗読を聴きながら映像が断片的に頭の中に浮かんでくる興味深い時間で、コンタクトがやけに乾燥する目をたまにいじりながらも、物語に引き込まれる貴重な体験をした。その朗読を聴き終わる頃には、正確には朗読が始まってすこし経った頃には、僕は柴田さんのファンになり始めていた気がする。といっても翻訳された本を読んだこともないし、ただ勝手に感じていた僅かなご縁と、本人の声や容姿、雰囲気、そこから伝わる人柄に惹かれたということ。本を今すぐ探してきて読み始めようとまで思っていないが、その機会が訪れるのを楽しみに待てる。待つなんて受け身な言い方は変かもしれないが、そんな気分。終演後に話しかけることも簡単にできる場だったが、まあいいかなと思って一言も言葉を交わさずに帰ってきた。そして、促してくれた友人には「だから言ったのに」なんて言われてしまいそうだが、やっぱりそれをすこし後悔している。すこしでも話していたらきっとより一層人柄に惹かれただろうし、今日からその一冊目を読み始めていたかもしれない。続きはきっとそのうちどこかでできると思うのだけど。
 載せた写真はまたしても関係なく、手元に三冊目が置かれたWim Wendersの『Once』という本。二冊同じものを持っている話は前に書いたが、その日本版のものを昨日見つけたのだ。これは手元に置いておきたいと思ったので買ったが、英語版の方が遥かに自分の好きなつくりで、装丁もそうだが、家に帰ってきてから目を通して残念だったのは、日本版に載っている写真の印刷の質が低いこと。白黒写真が特に。それはその本自体の質もグンと落としてしまっていて残念。

LITTLE THINGS


 最近は電車に乗って移動することが多い。東京へ出たり昨日は鎌倉へ。逗子の友人宅に泊まったので今日は逗子葉山をぶらぶらし、さっき帰宅した。電車内で吊り革につかまって立っていると無意識のうちに意外と強く握っていて指先に血が回っていない、なんていうことがよくあった。今日帰ってくるときもそれに気が付き、隣の中年男性を真似て手首ごと吊り革に通し、握らずに済むような使い方をはじめて試してみた。サラリーマンがよくやっているのを見ていたが、なんとなく今までは避けていたスタイルだ。手でグッと握る必要が無いのに大して手首にも負担が無く、これは楽で安定感があるなあとすぐに解決策を見つけた気分だった。けどその直後、窓ガラスに映った自分が見えたとき、どうしてもその手が「ニャン」とネコの手を真似るあの仕草に見え、恥ずかしくなってすぐに手首を抜いてギュッと吊り革を握りしめた。そうすると、今まで道りの握り方をしていても、前を見るとネコの手の自分が見えてゾクッとした。すこし考えたらすぐにその理由も分かり、要は手を握っているからそう見えていたということで、たしかに隣の男性は吊り革に通したその手を握りしめず、そしてパッと開く訳でもなく力の抜けた状態でぶら下げているようだった。さっそくまた手首を通し直し、そんなふうに力を抜いて引っ掛けているとこれが本当の解決策なのかもしれないな、と感じた。いいことを発見したみたいでちょっとだけ楽しくなり、それを試していたい気分だったけどすぐに自分の駅に到着してしまった。帰り道、自分の駅に着いた時に「着いてしまった」なんて気持ちになったのはもしかしたら初めてのことかもしれない。もちろんそれは本当にちょっとだけの気持ちではあるけれど、ひとついいことを発見したということに変わりはないだろう。まあ今後もうすこし試してみないとそれが結論かどうかはわからないけど。すくなくとも今日の発見、として。
 今年から暮らしているこの地域は、今のところまだ好きとは言えない相模原の住宅地なのだけど、駅から乗ったバスを降りて家まで歩いている途中、ベランダに大量の干し柿を吊るしている家を見掛けてすこし温まった。その前に犬の散歩をしている男性と薄暗い道ですれ違ったとき、犬に微笑んだ僕のことに気付いてかどうかわからないけど、そのお兄さんもニコニコしているように見えた。明日も午前中から予定があって東京へ出る。もちろん、できれば吊り革なんて使わずにシートに座りたい。
 この写真は関係ないけど、きのう仕込んだ白菜の漬け物。せめてもの季節の仕事として、白菜漬けだけでも毎年やり続けていきたい。そのモチベーションの半分近くは、実家にあったこの渋い重石を使っていたいという思い。

一年分のベタ焼き


 ベタ焼きをどこで作ろうかという話はあっさりと解決した。去年の秋、神奈川へ引っ越すことに決めたとき、暗室を作らないとなあという話にもちろんなった。そのときにザッツの口から出たのは「うち暗室あるよ」という言葉だった。今僕は彼女の実家でその両親とも一緒に暮らしているのだけど、お父さんの若き頃からの趣味である天体写真のために、納戸が暗室になっているのだ。正確には、なっていた、今は物置になっている。暗室があるといっても、ガッツリ使おうと思うと水場を占領してしまったりいろいろと考えなければいけないことがあるから、結局この家ではプリントすることはないだろうと思っていた。けれど昨日はその物置化した暗室内の荷物を一旦出して、簡易的にだけど一日だけ暗室として使えるようにした。とりあえずベタ焼きだけでもできたらいいな、ということで準備に取りかかってみたら意外とササッとできてしまって、昨日は久しぶりに一日暗室にこもっての作業。アメリカ以前の、去年の末からのフィルムも現像しただけでずっと放置していたから、この一年の自分の見たものを思い出しながらの作業となった。懐かしい光景を見ながら新たに思いつくアイデアがあり、今後どう発表していくかを考えながらの充実しただった。そして実際に、ひとつ次の発表の場を自分の中では決めた。その会場の相手とまだ確認はとっていないが、近々決まると思う。物事が決まり始めると気が早くなってしまって、もうオープニングパーティーのことを考えていたりする。
 という訳でなんとかベタ焼きは出来上がり、今日はそのひとコマひとコマをチェックする作業。昨日暗室内でちょっとだけ見ながら想像を膨らましていた写真たちを、それぞれルーペでじっくり見ながらチェックを入れていく。これは...!と静かに興奮してしまうような写真もあれば、つまらないものもあったり。強く感じるのは、似たような写真が多いということ。街の中で、歩いている人や座っているひとが風景の中にポツンと居る。一気にたくさんの自分の撮ってきたものを見ながら、そんなシーンが好きなんだということを再確認。そう気付かざるを得ないほどそんな写真ばかり。それが自分のスタイルだという自覚を持ってそこからできる何かを追求し続けることかな、と思う。
 今晩はなんと頂いたチケットで、六本木のサントリーホールへクラシックのコンサートを聴きに行く。すこしきれいな格好をしなきゃな、と思ってもフォーマルな服は持っていないので、パーカーをネルシャツに替えるくらい。一日机の上で写真を見続けたので肩が凝った。リフレッシュするためには、なんて言っては贅沢すぎる本物のコンサート。"コンサート"というのはなかなか使い慣れていない言葉で、なんとなく気が引き締まる感じ。

次なるアメリカへの思い

 職場の仲間との忘年会で遅くなる相方の帰りを待つ夜。夕飯を食べてお茶を淹れて部屋でゆっくりする。夕方からすこし頭が痛いこともあって特に何か作業を進める気にはならず、なんとなく映画「INTO THE WILD」のDVDを流すことにした。もう何度も観ている映画で、これからも何度も観る映画。僕は別に大してアウトドアな旅をしてきた訳ではないけれど、アメリカ帰りに観ると、なんと言えばいいのか、いろんなことを思う。簡単に言えば、また行きたいという一言。まだまだ見るべきものがたくさんあるし行くべきところがたくさんある。西海岸とニューメキシコへのロードトリップしかしていないのだからあたりまえか。きっとまた行くべき時に行けると思う。その時はまた一人旅なのか、相方と一緒に行くのか。どちらにしても、こんなところに行きたい、こういうアメリカを見たいという思いはもうすでに頭の中に生まれ始めている。これからの自分の生活をつくっていくスタートを切ったのと同時に、またアメリカへ思いを馳せる日々もスタートした感じ。連絡が入ったので駅まで迎えに行く。DVDは一時停止。

DEVELOPED!

 初めてフィルム現像をお店に出してしまった。三か月間毎日ぶらぶらしていたような旅行だったので数もそれなりにたくさん撮っていたから、その分の現像にかかる時間をお金で買った感じ。「出してしまった」と書くのは、やっぱり全行程を自分でできることに、喜びとすこしの誇りを持っていたから。神奈川へ引っ越して来てからまだ暗室を持っていないので、プリントはもうすこし我慢。だからベタ焼きも作れない。スキャナで取り込んで作ろうと思ったけど、得意ではないコンピューターのあれこれを試した末に結局断念した。前に、友人が働いているスタジオの暗室を使いたかったら言ってね、と言ってくれたのを思い出したので、連絡をとってみるつもり。ベタ焼きだけでもそこでやらせてもらえたら十分。ベタ焼きをルーペで見ながら写真をチェックしていくのは豊かな時間だなあと思う。アナログでそういう作業を続けていくことに決めてやっていたはずなのに、危うくデジタルで作ってしまうところだった。なんて言いながら、ただ上手くできなかっただけの自分。けど確かに、パソコン上で作ってプリントアウトして、インクジェットの紙にルーペを当てている自分はあんまり想像したくない。上手いこと軌道修正ができちゃったな、という気分で、さっきまで画面の前で眉間にシワを寄せていたのも懐かしく思うくらい。ついに始めていけるな、とすこし気持ちもシャキッとするような。フィルムの中に写っているアメリカは、もうずいぶん前の旅の思い出みたいだ。とりあえずひとコマだけスキャンした写真を載せる。ロサンゼルス、サンペドロの小さなビーチ。たしか日曜日だったこの日は、近くの芝生の広場はバーベキューをしているメキシカンたちで賑わっていたが、浜辺の方は寂しげだった。


San Pedro, LA, CA




頑張ろう

 「頑張る」という言葉を嫌う人がたまにいる。僕の友人でも何人かそういう人がいたはずだ。中には、「顔晴る」と表記する人もいる。
 ここのところ、あまり色んなことにこだわらないようにしている。している、というより、こだわらなくなってきていると思う。それでもこだわらずにはいられないこともやっぱりたくさんあるから、それ以外のことはその時の気分任せになっている感じ。だから人とやり取りをするときや何かを選択をするときには、自然なことかどうか、とか気持ちがいいか、ということが優先される。気分任せだから。そしてできるだけその考えに素直に従って余計なことを気にせずに行動していけたらいいが、余計なことを気にしていることに後で気付き、もっと気楽にいきたいのにな、と思うこともよくあることだ。これからはもうすこし楽にいけそうな気がする、というのは先日書いたことにつながるような話。
 先週名古屋に帰っていたときに、あるイベント会場で思いがけず会えた音楽をやっているひとりの友人との話の締めくくりが、「頑張ろう!」という言葉だった。心が通じていると思える人と目を合わせて言い合えるその言葉は直接心に届くようで、そのまんまだが、頑張るぞという気分がより高まった。そこには「(自分が)頑張っていこう」という気持ちと「頑張ってほしい」という気持ちが本当にシンプルに存在していたと信じられるし、なによりも僕はそんな友人がどこかで頑張っていることを思うと自分も力が湧いてくる。だから、好きな人には頑張れと言いたいし、頑張れと言われたら励みになるし、頑張ろうと言い合ってお互いの道へと歩き出して行けたら気持ちがいい。その友人に伝えることがあったので手紙を書いていたら、先日のその言葉を思い出したのだ。震災後に「頑張ろう日本」のステッカーを友人にもらったが、それはずっと使えずにいる。僕には広い"エリア"に向けて、気持ちを込めてその言葉を使うことは難しいと思ったから。

佐藤玲子×岡野智史展



すこし遅れてしまいましたが、相方の佐藤玲子(ザッツ)が石彫作品を展示しています。東京日本橋の高島屋内にある美術画廊Xというところです。年明けまでやっているので、もしチャンスがあれば、というか、ぜひその機会をつくって観に行ってもらえたらと思います。彫刻作品は写真や絵以上にその場で観ないと伝わらないので。ゆっくり眺めているときっと何か感じるものがあると思います。僕はそうでした。一緒に展示をしている岡野さんの絵もいいんです。年の瀬で世の中はバタバタしがちですが、ぜひ時間を見つけて観に行ってみてください。


「世界と孤独」Vol.4 佐藤玲子×岡野智史展
2012.12.12(水)〜2013.1.7(月)  am10〜pm8
東京日本橋高島屋6階美術画廊X
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/event/index.html#os1325

彼らの生活、自分の生活


 帰国してからこの一週間の間に名古屋へも帰ったし関東でも、何人もの友人たちに会い、そしてそこではやっぱり、"アメリカ旅行を終えて"というような話題になった。人と話をしながら、だんだん自分でも今の気持ちを確認できて来た気がしていて、会話は文章を書く作業にも似ていると思った。もちろん話しながら常に反応があるので、書くこと以上におもしろくて内容も濃く深くなっていった。そんなふうに友人たちと話をしながら、「楽になった」という言い方を頻繁にしていたことに気付いた。三か月のアメリカ旅行を終えてぼくは楽になったのだ。たしかに一言で感想を言うならこれが一番しっくりとくる。別に何かに不自由を感じていた訳ではないはずなのにこういう気分になっているのは、いろんなスタイルを見て来られた、ということに尽きると思う。自分が憧れていた地で、ということも大きいだろう。それぞれ自分が信じる好きなやり方でやっていけばいい、というありきたりな、今までも感じて来ていたそんなことを改めてより強く、何かよく分からない自信と共に感じている。霧がかかっている知らない道もぶらぶら歩いて行けるような、看板が無くてもその先のものを見るために進みつづけて行けるような。今はそんな気分。まあ、とにかくアメリカに行ってよかった。とそんな簡単な言葉で締めくくるが、それは同時に、なんだかんだ言うよりもこれから自分が作るものを見てもらうしかないなと思うから。
 友人たちとの会話の最後に「生活をつくっていく」という言い方もよく使った気がする。やっていきたいことは見えて来たから、それをやりつづけて行くための生活づくり。この週末のうちに部屋の模様替えをしようと思う。別にそれはただやりたいだけだけど。

I'M HOME


 すっかり落ち着いて家でゆっくり過ごす帰国翌日。まだ仕事も無いし明日からは三日間名古屋へ帰省するし、もうすこし休暇がつづく感じ。今日はこれから荷物を簡単に片付けてまた出掛ける支度をしたら東京へ。アメリカからは、あっさりと帰って来ちゃったな、という感じがしている。帰りの飛行機の時間も、長かったのかあっという間だったのか。あっという間ということは無いけれど、でも"あっさりと帰って来ちゃったな"というのが今の気分。昨晩駅まで迎えに来てくれたザッツとの再会はなんか変な感じだった。家に帰って夜ご飯を食べ、お茶を飲みながらゆっくりしているうちにだんだんと二人の間合いが戻って来た。そしてそのふたりの肩や頭、腕を行ったり来たりする小鳥のネム。ネムとは鳥屋さんで出会った三か月前、旅立つ直前の日以来の二度目の顔合わせ。彼女の肩に乗ったりしている写真を旅行の間見せてもらっていて、うれしいのと同時になんとなく悔しかったのだけど、すんなりと僕の方にも来てくれて安心した。そんなふうに二人の間に小鳥がいるという状況が我ながら微笑ましく、温かい夜の時間が流れた。今朝からも、とにかくネムが可愛くて仕方がない。念願の、朝の薄暗いうちにコーヒーを淹れて、小鳥と一緒に朝ご飯なんていうこともさっそく実現し、みんなが仕事へ出掛けてからはさっきまで部屋へ放って自由に遊ばせていた。外の世界がきっとまだ不安なのだろう、すぐに肩や頭に飛んで帰ってくるのがたまらない。けどすでに噛む力は結構強くて、首筋を噛まれると毎回声が出るほど痛いので、なんとかそれだけでもダメだと憶えてもらいたい。そんなふうに生活を共にする新しい仲間が増えて、より一層これからの日々を楽しく想像できる。仲間というか子どもができたような感じ、と言う方が正確かもしれない。子どもができたらこんなふうに話しかけるのかな僕は、なんてすこし思った。今日から自分の次のステップへの準備期間がスタート。次へ動くためのパワーを十分に得られた旅だったと満足。直接、陰ながら、たくさんの強力なサポートのおかげで成り立った旅だった。関わってくれたみんなに感謝しています。ポートランドでの三週間でビールっ腹になり始めているお腹は見せられないな。

LAZY SUNDAY





 ずっと考え事をしていたような、ただぼんやりしている間に時間が過ぎていってしまったような。近所へコーヒーを買いに行った以外は、ほとんど窓辺の椅子に座ってパソコンを触ったり、考え事をしていた。確かに考え事はたくさんできたと思う、いくつか帰国してからの予定をたててみたり。昼前から雨は降り始め、遠くの方から明るくなってきた午後にカメラを持って外へ出たが雨は止んでおらず、それどころか思っていたよりも降っていて、情けないくらいあっけなく引き返した。そうして午後も家で過ごすことにきめたので、マグカップを持って朝と同じ店へコーヒーだけ買いに出た。マグカップの中に雨が入らないように手でふたをしながら歩くと、その手にすこしの間コーヒーの匂いがしみ込む、その匂いが好きだ。スタンプタウンコーヒーのマグカップを先日買ったのだが、その近所のコーヒーショップもスタンプタウンの豆を使っているので、申し訳ない気がしなくていい。そんな、コーヒーと、そしてネコと窓辺で過ごした一日。窓から通行人を眺めたり、たまに写真を撮ったり、ネコのいたずらに振り回されたり。今はネコはこの机の隣のベッドで丸くなって寝ている。おとなしくしている時は本当にかわいい。なんて、自分勝手に可愛がっている。

 サンフランシスコで会えるかもしれなかったけど、タイミングが合わなかった人が二人いる。写真家の高橋ヨーコさんと、サーファーであり映像作家のユージさん(Ugee, Yuji Watanabe)のお二人(それぞれ名前のところにリンクを貼りました)。ヨーコさんはきっと知っている人も多いだろう。今はサンフランシスコで暮らしていることを知ったので、会いたいと思っていきなり連絡をさせてもらったら、すごく気さくにやり取りをしてもらえて気持ちよかった。ユージさんのことは例のiPhoneアプリInstagramで存在は知っていて、そしてトパンガで会ったみんなから「サンフランシスコに行ったらユージに会うべきだよ!」と言われていた。そんなふうにみんな繋がっていたから電話番号もすぐに教えてもらえて、ユージさんもとても気楽な感じでやり取りをしてくれた。ヨーコさんとユージさんも仲の良い友人同士だそう。そんなお二人。そして、今日驚いたのはユージさんの作った新しいサーフムービーのプレミア上映が、僕が帰国する翌日に原宿であるというのだ。しかもヨーコさんも帰国してその場に行くのだという。こういうことってあるもんだよなあ、と驚きながらもどこか冷静に「いい感じ、いい感じ」と生意気に思っている自分もいて、とにかくその日が楽しみだ。そしてその日の夜中に、夜行バスで愛知へ帰ることも決めた。帰国してすぐにまた動き回ることになってしまうが、後のことを考えるとそうするのがいいと思った。兄から譲ってもらう車を取りにいくのが一番の目的。行きたいところ会いたい人はたくさんいるが、月曜日には神奈川へ帰るのでどれだけのことができるか。あとは日曜日の夜に名古屋の友人のカフェ、イニュニックのイベントへ行くことも決めたので、そこで友人たちと会えることを期待。というかたくさんの知った顔が集まることはすでに決まっているような感じ。名古屋愛知のお友達は是非そこで会って飲みましょう。そして火曜日には水曜日から始まる、ザッツのギャラリーでの展示の搬入お手伝い。その情報はまた追ってここでもすぐに伝えるつもり。
 帰国してからのそんな忙しくも楽しくなりそうな日々のことをぼんやりと、窓の外のグレーな風景以上にメリハリ無く考えていた一日ももう終盤。マリーはマイクよりも一足早く今晩帰ってくるはずだが、夜中遅くになるのだろうか、時間を聞いていなかった。水曜日は早朝の便だから、実際にポートランドで過ごせるは明日あさってのあと二日。ちょっと怠けた一日を過ごしてしまったかな。けどこんなふうに思う存分リラックスして一日を過ごせる場所があることは本当にありがたい。こんな一日もきっといつか思い返したときに微笑ましく思えるのだろうな、と、また何度も言っているようなことを。海の方へは行っていないし、郊外の山の方へも行っていない。楽しいことはまだたくさんあるはずだが、何となく今の僕は今のここでの日々にこれ以上の展開を求めていない。そんな気分になれていることが実はすごくうれしい。明日あさっても朝起きて、したいと思ったことを好きなときにしよう。それが今回の僕のポートランドでの過ごし方で、確かにまったりし過ぎてはいるが、それでいいと思えるのだから。とりあえず、あと二日。雨が降らなければやっぱり歩き回って来たいと思う。もう何度も歩いてる同じ道を歩きたい気分。そして同じ店に入ってコーヒーを。

2012.12.2 Sun. night wrote.

FRIDAY MORNING AND MIDNIGHT




空は半分が青空で半分は曇り、強めの風で落ち葉が飛び回っていて、その分空気が澄んでいるような窓からの景色。今朝はザッツからの電話で目が覚めた。スカイプのようなネット回線を使って無料で電話ができるというのは本当に便利だ。最初にLAに着いてすこし経ってから、あっけないくらい普通にその電話が繋がったのは変な感じだった。大事なことは手紙に書いて送りたい。

 天気がいいなら早く外へ出掛けて行けばいいのに、どうもここのところこうして昼まで家の中でまったりしてしまう。居心地が良いというのは本当に二人に感謝だ。ついに今日から二人が帰ってくる日曜日の夜までは一人暮らし。今朝は電話を切ってから近くのカフェでコーヒーを買って帰り、昨日買って来ておいたパンと果物を食べた。そういえば久しぶりの朝食だった。最近は昼にブレックファストを食べに行く、というような日が続いていたのだ。今日はマグカップを持って行ってそれに注いでもらった。天気のいい朝に、コーヒーの入ったマグカップをこぼさないように持って歩いて帰っていると、なんか本当にここに住んでいる感じだった。今カールと連絡を取っていて、昼過ぎから一緒に出掛けようという話になった。というか僕から誘った。天気がいいし、一緒に写真を撮りに出掛けるという日があってもいい。先日彼から誘ってくれた日は雨が降って行けなかったので、一度はそんな日を過ごしたいと思っていた。彼が一緒に暮らしている彼女のチェルシーも今晩からこの週末の間は出掛けるようなので、きっとカールとは毎日何かしら遊ぶことになりそうだ。そうでなくともほぼ毎晩会っているのだけど。
 今朝の電話では、日本は真夜中なのにザッツの声はしゃきっとしていた。僕らは寝坊しがちだし昼寝も好きだし、そういうところから小鳥はネムと名付けられたのだけど、一週間後にはまた一緒に暮らしているんだと思うと、変な感じがした。もちろんそれを強く望んでいるのだけど、自分が今までに経験の無い三か月という長い旅行からどんなふうに日常に溶け込んで行くのだろう。その過程で、何か今までと違うものが生まれるだろうなと、なんとなくそんなことを思う。それが、この旅行で自分が手に入れた何かなんだと期待する。
 僕は「(コーヒーを買いに)いってきます、おやすみ。」彼女は「おやすみ、いってらっしゃい。」と言って電話を切る金曜日の始まりと終わり。ネコは元気にしていて、今朝は僕のクロワッサンをつまみ食いしようと試みた。

2012.11.30 Fri. noon wrote.

CARL

 いくつか状況が変わり、マリーとマイクのこのアパートに彼らが留守の数日間も居続けることになった。数日間のポートランドでの一人暮らし、という感じでこれはこれでわくわくする。正確には猫も一匹。エサをやることも仕事のひとつだ。さっそくパンやらすこし食材を買って来た。部屋の鍵は持っているがアパートの建物内に入るための鍵は持っていないので、同じアパートのカール(←リンク)が居ないと中に入れない。だから帰ってくると彼に連絡をして鍵を開けてもらう。彼は撮影に出掛けていない場合は大抵家にいるので、アパートの下から二階の彼の部屋に向かって名前を呼ぶと、かなりの確率で窓からひょっこり顔を出してくれる。その瞬間が結構好きだ。今日は昼間すこし出掛けている間から彼と連絡を取っていて、三時前に帰ると聞いていたのでその前に近所でサンドイッチを食べていた。そして食べ終えてコーヒーを飲みに行こうと外へ出たところで、これ以上無いというタイミングでカールと鉢合わせ、コーヒーを買って帰った。その足で彼の部屋までおじゃまして、ウェブサイトにアップしていない写真も見せてもらったりした。彼もまたストリートフォトグラファーで、ライカのM6を使っている。机にはポンとクラシックなカメラが置かれていたり、いくつものフィルムが並べられている部屋はいい雰囲気だった。他の写真家の裏話みたいなものを聞けるのは楽しい。英語での会話となると実際のところ理解しきれない部分もあるが、その分「だよね、だよね」と頷き合える時はうれしい。ウェブにアップしていない写真は、簡単に言えばウェブにアップすべきでないと判断された、ドラッグや暴力的なものを写したものだった。それは過去に彼が危険な土地へ出向いて費やした時間も思いも入っているもので、何より、僕らがなかなか見られないそんな一般社会から外れた人々の生活が写っている、すばらしいドキュメンタリーだった。ウェブにアップしない理由をもうすこし深く聞いたので、彼にそれを勧めることはしないが、いつかもっと公に発表すべきものだと思った。彼のウェブサイトで"EK"と題された写真群がその一部だ。帰るまでにもっとカールと写真の話ができたらいいと思う。彼とは何か分かち合えるものがもっとありそうだ。
 iPhoneのアプリでInstagramというのがあって、去年iPhoneを使い始めた時から利用している。写真の色調をすこし加工できてコメントを添えて投稿する、というTwitterの写真版のような感じだ。このブログに載せている写真も今のところほとんどはそのアプリで撮ったもの(そのうちたまにはスキャンでもしてフィルムでの写真も載せるつもり)。コメント無しの写真で何かが伝わってくることももちろんあるが、先日おもしろいと思ったのは、そのコメントが何か自分にも響くことを語っていると「いいね」を押したくなるのだ。それが一言だけだったらかっこいい。長文でも、そこにその人の生活の中での生きた声を聞けるようで興味深い。コメント次第で写真に写っているものに意味を見出すことになるという、先日のヴェンダースの本の話とも繋がるが、それを毎日みんなが遊びでやっているそんなアプリの中にも感じたことがおもしろかった。僕は人を撮るのが好きだけど、そこには絶対にその人の生活が写り込んでいてほしいと願う。と同時に、見る側になった時も、その人たちの生活を感じられる写真が好きなんだと改めて思う。こんなこと、何度も同じようなことばかり書いているような気もしつつ。

2012.11.29 Thu. evening wrote.

NABE

Mary & Mike

 今週からまたグッと気温が下がってきた。そんなこともあって昨日は食材を買って帰り、簡単な水炊きの鍋で暖まった。彼らは土鍋や和食の調味料もある程度持っているので楽だ。さすがにポン酢は無いと思って買って帰ったら、使い途中のものがあって、"We love ponzu."と。夕飯前にすこし同じアパートのカールの部屋におじゃました時には、彼は寿司をつくると言って米を洗っているところだった。後でその出来を覗きに行かなかったことをすこし後悔。寿司と一緒に何を食べたのだろうとか、和食がどんなふうに彼らなりのカタチで実践されているのかを見られる機会だった。日本では豆腐は手のひらの上で切るんだよとやって見せてあげたときの、マリーの目が輝いたのが印象に残っている。彼女は和食の本もいくつも持っているし日本人のやり方も結構知っているが、そういう知っていることも含めて、目の前で僕が普通にやって見せてあげることは意味のあることなんだろうなと思った。鍋のshimeにzousuiにして食べることも知っていて、昨日はきしめんにしたら、はじめて食べた!このワイドなうどんも美味しい!と喜んでくれて成功。そんなに大きな土鍋ではないから、何度も具を入れなおして温めなおしてと、ゆっくり進む夕飯の時間。これも日本らしいことなのかなとか、何度も待たせちゃって悪いな、と思いながらそんな時間も穏やかに楽しむことのできる二人でよかった。
 今日はなんとなく体調と気分がノらず、一歩も外へ出ていない。だからコーヒーも一滴も飲んでいない。この後夕飯にどこか外に出ることになるだろうか。ついにあと一週間となった今、新たに何かを求める気持ちはあまりなく、こうして出会えた気の合う友人たちと一緒に居られたらそれで満足。写真は外に出れば出るほど撮れるから、まだまだ歩き回る。前回2回続けて、33枚目あたりでフィルムが巻き上がらなくなる、という今までに無いことが起こっていてそれだけが心配だ。今入っているフィルムはスムーズに最後までいけるといいが。何か書こうと思っていたことがある気がする。

2012.11.28 Wed. evening wrote.

FOOD NOT BOMBS


 昨夜ベッドに横になったときに、確かになんとなく予感はしていた。今朝もベッドに埋まった状態で目覚めた。穴をうまく塞げてなかったのか、他にも穴があるのか。穴を見つけることはせずに家を出て、今はコーヒーを飲んでいる。手帳を見て日本に帰ってからの予定(どのタイミングで愛知に帰ろうかとか)をすこし考えたら、ゆっくりワクワク感が高まってきた。そして今さっきから店内ではNina Simoneが流れはじめ、気持ちが高まったり落ち着いたりする時間。iTunesか何かでシャッフルで流しているのだろうか、次の曲はまた別のアーティストになってしまってすこし残念。
 愛知に家具職人の駒田尚人(なおちゃん)という友人がいて、彼は数年前にポートランドの友人宅の内装を作りに来ていたことがある。彼は前回、前々回の展覧会の時に額縁を作ってくれた人だ。そのなおちゃんの友人、エミさんと昨日会うことができた。エミさんは携帯電話を持たないので、なおちゃんが教えてくれた住所を訪ねて行った。けど教えられていた番号の家は見つからず、近所の人に尋ねたらエミさんと仲良しの友人Johnと連絡を取ってくれ、その近くにちょうど居たそのJohnとまずは合流した。エミさんが今暮らす家も近かったが外出中で、「きっとその辺でランチを食べてるはずだよ」と言うジョンに着いて近所の店を覗きながら歩いて行ったら三軒目くらいで見つけることができた。探して来ておいて何もエミさんの情報を知らないという変な状況だったが、エミさんもまたフレンドリーで、数分後には今週末に泊めてもらえることになった。今週末、マリーとマイクはニューヨークへ旅行に行くので、どこに泊まろうか考えていたところだったのだ。その後すこし一緒に散歩してお茶して、とりあえず今晩また会うことになった。詳しいことは何も分かっていないのだけど、FOOD NOT BOMBSという団体の集まりが今晩あるというのでそこで合流することに。そういえばFOOD NOT BOMBSというステッカーを貼った車をこの旅行中に何度も目にした。エミさんはきっとベジタリアンで、食や環境のことにすごく気を付けている人のようだ。
 そんなことで昨日はダウンタウン方面へ行くにはもう遅い時間になり、けど家に帰るには早いと言うか晴れているのにもったいない気がして、川沿いまで歩いてから帰った。今日は昨日以上にいい天気だ。なんだか思っていたよりも雨の日は少なく、確かに寒いがそれも思っていたほどではなく、歩いていてきもちがいい日が意外と多い。冷えた空気の中を歩くのはいい。身体があったまってくるのがじわじわ感じられ、白い息を吐き出して冬を楽しんでいる気分、を楽しむ感じ。
 我が家の小鳥ネムはこの二か月半のうちにくちばしの色が変わった。上が以前、下が最近の写真。あと一週間ちょっとで会える。


2012.11.26 Mon. noon wrote.

SUNDAY MORNING


 昨日はカメラと財布だけ持ってダウンタウンの方まで歩いて行った。たまにカバンを持たずに出掛けると身軽さがきもちいい。それにより一層その街に暮らしているような気分になれる。陽射しは無いが雨は降らず、そんなに寒くもなかった。晴れていなくてもいい日だと思えることが増えてきた気がする。ダウンタウンのすこし奥の方、東から歩いて行ったので西側は、フリーウェイを越えると一気に人気が無くなって、ゴーストタウンのような雰囲気があった。家を出発したのがすでに午後三時くらいだったので、そうしてダウンタウンの辺りをぶらぶらしているとすぐに暗くなってきて帰路についた。短い時間だったがなんとなく充実感のある散歩で、帰り道も気分よく同じ道を歩いて帰った。
 僕が今これを打っている机は道路に面した窓際にあって、ここから道行く人たちも眺められて気に入っている。このアパートに遊びにきた友人たちはこの窓の桟をノックし、そして誰かが鍵を開けに行く、というシステムになっていて、僕も同じように帰ってくるとノックして誰かに開けにきてもらっている。今さっきそんなふうにノックして入って来たのはCoryという、Carlに続いて頻繁に遊びにくる友人だ。彼らはスポーツ観戦が大好きで、今はバスケットの試合をテレビで観戦している。僕はこれを打ち終えたらまたぶらぶらどこかへ出掛ける予定。マリーはこの週末はLAの実家へ帰っていて今晩帰ってくるはずだ。今朝マイクが起きてくるまでに、台所に結構な量溜まっていた洗いものを済ませておいたら予想以上に感謝されて、朝ご飯をおごってくれることになった。よっぽど洗いものが嫌いみたいだ。サンドイッチが美味い店に行こうと歩き出すと外は昨日よりも寒かった。その途中で美味いコーヒーを求めて入ったcoava coffeeもまたいいコーヒーショップだった。サンフランシスコでよく見たような、広々としていてスタイリッシュでかっこいいスタイル。ハンドドリップのことをこっちでは"pour over"と言うみたいだ。二人で違う豆を選んだら両手でプアオーバーしてくれて、二刀流だ!と見ていて面白かったが、同時に僕は両手でコーヒーを淹れることはしたくないなと思った。美味いサンドイッチを食べて帰り、また家のすぐ近くのコーヒーショップでラテを買って来た。walk,coffee,sandwich,walk,coffeeと、いい日曜日のスタートをきった感じ。昨日よりも冷えているが今日も同じような天気。さっきはすこしだけ陽も差していた。
 ついに、エアーベッドに空いた小さな穴を見つけた。今朝は今まで以上にベッドに埋まった状態で目覚めたので、さすがにこれはよくないと思って穴を見つけ出したのだ。マイクがテープを買ってきてくれて、穴を塞いだ。

2012.11.25 Sun. noon wrote.

GOOD PEOPLE


 自分の写真に対していいコメントをしてもらえることが続くと、自分がこの先進むべき道、歩いて行きたい道がすこしずつ見えてくる。本当にいいと思ってくれているかどうかは簡単に伝わるものだ。この旅の間に撮っている写真も見たい!ときれいな目でグッと見つめられると本当にうれしい。写真は一昨日のサンクスギビングパーティーでのひとコマ。キッチンの片隅で、三人が並んで僕のzineを見てくれているのが可笑しかった。ポートランドを居心地がいいと思える理由はいくつも思い浮かぶが、ひとつまた思ったのは、それなりに教養のある人が多いのかもしれないということ。コーヒーショップや古本屋が多いというのは文化面が豊かな気がする。そしてこれは偶然かもしれないが、カメラのことをよく知っている人も多い。写真の話になると、どんなカメラを使っているの?とまず聞かれ、フィルムは何を使ってるの?レンズは何ミリのやつ?自分で現像してるの?と具体的な質問が続く。別に写真をやっている人という訳でないのに、そういう知識を持っている人が多いのだ。(幸運にもそういう人に出会えているということもあるだろうが) 街を歩いていてもなんとなくそんな雰囲気を感じられる。落ち着きがあるというか。けど別にハイソな感じとかそんなことはなく、むしろフレンドリーだ。ポートランドに暮らす人々はこの街が、そしてこの街の人々が好きなんだなというのも伝わってくる。彼ら自身の口から"People are nice here."というような言葉を何度も耳にする。自分の街をそういうふうに思える人がたくさんいるのはいい。そしてそう言える人がたくさんいる街はいいに決まってる。ダウンタウンの方へ行けば路上生活者もよく見掛けるし、僕のような旅行者には見えないこともたくさんあるだろうが、色んなことがうまく回っている街なんだろうと思う。食が豊かというのも本当にいい。オーガニックの食材はもちろん、ベジタリアンメニューも大体どの店に行っても用意されている。それとアメリカで一番のサイクルシティだとも聞く。そんな土地柄が心地いい。カリフォルニアを見た後で最後にポートランドに落ち着いているのはいい流れだ。そしてなによりもこの家、マリーとマイクのところに滞在できているのが幸運だ。彼らを通じて出会っているTANNER GOODSのみんなはそれぞれ個性があって才能もありそう(そう思わせるような雰囲気のある人が多い)で、本当によくしてくれている。知り合いがいない状態で来ていてもポートランドをこうも好きだと思うことができただろうか、と今となっては意味の無いことを考え、きっとできなかっただろうと答えを出す。それくらい彼らと出会えていることは大きい。そんな彼らと過ごしたサンクスギビングの夜はやっぱりお腹がぱんぱんになった。みんなが苦しい苦しいと言っていた。その後みんなで食後の散歩に出掛けるというのもなんだか温かい光景で、遠くに見える大したことのない夜景もきれいに思えた。
 先日書いたヴェンダースの本をすこし読み進めた。日本で持っている一冊はたぶんまだちゃんと文章は読んでいなかったのだろう、知らないストーリーがたくさんある。だから見覚えのない写真がいくつもあることにもすこし納得。写真に添えられた簡単な英文を、たまに辞書で単語を調べながらゆっくり読んでいくと、写真がよく理解できる。そして写真自体もいい写真だなあ、とじわじわ感じてきた。なんとなく以前は写真に文章を添えることはかっこ悪いような気がしていた時期がある。文章で説明なんてせず写真だけで表現したい、と思っていた。けどきっとそれは写真と文章がうまく使われた作品を知らなかっただけで、そしてそれを意識し始めたのは写真家渋谷ゆりさんの本「UNDER EXPOSURE JOURNAL」を読んでからだと思う。この二冊はこの先何度も見返すことになるだろう。写真で伝えきれない背景の物語を文章から読み取れたとき、その写真の隅々からストーリーが語られてくる。そして「写真」の可能性に改めて興奮する。そのときそこに在ったものしか写せないし、そこに在ったものは写ってしまっているのだ。すこしずつ自分のやりたいことが見えてくる。

2012.11.24 Sat. afternoon wrote.

Thanksgiving Day

 今日はアメリカで最も大きな祝日のひとつ、Thanksgiving Day(感謝祭)。どんな意味があるのか今まで知らなかったからすこしネットで検索してみた。リンクを貼っても文字の色が変わらず(なぜか設定が反映されない)わからないけど、上のThanksgiving Dayというところにリンクを貼ったので興味があれば。読んでみるとなかなか興味深い。アメリカの歴史はインディアンと開拓者のストーリー無しに語ることはできない。ほとんどのアメリカ人にとっては今では単純に親戚、友人で集まって食事会を行う日、というふうな捉え方が一般的らしいが、インディアンたちには「大量虐殺のはじまりの日」だという。今でも変わらずそういう捉え方をし続けているのだろうか。僕が先日誰かから聞いた話では、サンクスギビングはクリスマスみたいに宗教的な意味合いが無いから、みんながこの日は楽しむことができる、というようなこと言っていたが、彼らはこの話も知っているのだろうか。先月ロードトリップの中で訪れたニューメキシコの現代のインディアンたちは、この日をどういうふうに過ごすのだろう、とすこし思いを馳せる。
 僕は二人と共に、夜にはサンクスギビングパーティーに出掛けることになっている。TANNER GOODSの誰かの家で、みんなでご飯を持ち寄っての食事会だ。この日はとにかく美味しいものをお腹いっぱい食べることになるよ、と先日から言われている。これがアメリカ人のThanksgiving Dayなのだ。別に悪い意味ではなく。実際に今晩の食事会はかなり楽しみだけど、今は"Happy Thanksgiving Day!"とは言えない気分。頭の片隅にはそのこともちゃんと憶えておかなくては。パーティーに行く前に知っておけてよかった。二人はパイを焼いたり今晩の準備を始めた。

2012.11.22 Thu. noon wrote.

Once in rainy Portland.


 昨日は朝から雨だった。リビングルームにエアーベッドを用意してくれているのでそこで毎晩寝ているのだが、どうやらすこしずつ空気が漏れてしまっていて、数時間おきに空気を入れ直す必要がある。だから毎朝目が覚めるとベッドにすこし埋まってる感じ。掛け布団を奪われたらちょっと面白い画になっているかもしれない。そんなベッドから起き上がってすこしゆっくりしていると雨が止んで、遠くの空からすこしずつ明るくなって来ていたので家を出た。まずコーヒーを飲んで一息ついたら昨日はダウンタウンの方まで行こうと思った。けど家を出てすぐにまた雨が降り始め、レインジャケットを着てコーヒーショップに駆け込む。雨は強くなっていったので、そこでゆっくり過ごそうと思い(一回ならおかわりがフリーだし)、友人へ葉書を書いていた。細かいところにも気付いてくれる友人だから、細かく色々と書き込み、ここに気付いて笑ってくれるかなとか思いながら遊んでいたら、だんだん雨が治まってまた日が差して来た。そしてダウンタウンへ向けて歩いて行った。雨が降り続いていたら、前日と同じように一日中家で映画を観たりすることになっていた。前日にマリーのDVDコレクションの中にラブアクチュアリーを見付けてしまったので、きっとそれを観て、来たるクリスマスシーズンに思いを馳せてじんわり温かくなっていたことだろう。きっと近いうちに現実になると思うけど。
 大きな川がポートランドを東と西に分けていて、家のある東側から西側のダウンタウンへと橋を歩いて渡る。雨上がりの日差しと強い風が気持ちよかったが、その橋を渡り終えるころにまたパラパラと雨粒を感じた。そしてまたそれはどんどん強くなって、今度は嵐みたいな大雨になり、パブか何かの入り口前に逃げ込んでしばらく雨宿り。数分経つと止んで、また歩き出す。昨日は変な天気だった。ポートランドのダウンタウンにある、アメリカで一番大きな独立系書店Powell's Booksへ。自分が店内のどこにいるのかわからなくなるほど大きくて見応えがあったが、英語の本を読もうとは思わないので結局行くのは写真集コーナーだ。今年青山の洋書店で買ったWim Wendersのフォトジャーナルブックを見つけた。彼が映画の撮影や旅の中で撮ったモノクロとカラーの写真に簡単な文章が添えられている、お気に入りの一冊だ。"Once..."という書き出しで、かつて彼が行った場所、見た光景、写真に写っているその背景の物語が短い文章で書かれている。手に取ってパラパラとめくって見ると自分が持っているものよりも写真の数が多い気がした。見覚えの無い写真がいくつもあったのだ。そんなのは気のせいだと思うし特に安かったわけではないけど、これは買ってもいいと思えた。装丁も気に入っていて、いつか作る自分の本の参考にしたいもののひとつだ。日本に帰ってから確かめてみて同じ内容だったら、一冊はいつか誰かにあげよう。きっとこれを持つべき人がいると思う。けどそのときにどっちをあげようか考える。一応見分けがつかなくならないように、パウエルズブックスのシールは剥がさないでおこう。そう書きながら、違う本を買っていてもきっと剥がさないだろうなと思った。
 今日は晴れそうだ。ジャックが声をかけてくれたので今からコーヒーを飲みに出掛ける。昨晩彼から届いたテキストはたった三つの単語の並びがきもちよかった。
"Coffee tomorrow morning?" 

2012.11.21 Wed. late morning wrote.

every good night

 この週末はまた灰色のポートランド、雨が降ったり止んだりを繰り返す。朝食を食べに行ったりマーケットへ買い物へ行ったりするくらい。二人があまり出掛けないから、同じように僕もほとんどこの週末は家にいる。彼らが働いている昼間はひとりでぶらぶらして、また夜ごはん前に合流してみんなでまったりする、平日はそんな感じ。気のせいだといいが、なんとなくお腹の表情がのっぺりしてきたかもしれない。ポートランドに来てからはアメリカ的な食生活、習慣の中にいる。ハンバーガーもピザもミートボールも好きだが、この生活が続くのはあんまり良いことじゃないなと感じる部分は、やっぱりある。彼らは朝と昼は外で食べているし毎日は料理しないが、夕飯をつくる時はマリーはすごく丁寧に料理をする。昨日はミートボールがごろごろ入ったトマトスープと、ピーカンパイも焼いてくれた。今日は今ちょうどチキンの何かと、今日もスイートポテトパイを焼いている。毎回本当に美味しいので今晩も楽しみだ。手伝いを必要とされないので、こうしてパソコンを触ったり、本を読んだりし、たまにいい匂いに誘われてキッチンを覗いたりして夕飯ができるのを待つ。子どもの頃の記憶がよみがえると言ったら大袈裟だが、なんともお客様的なポジションにすこし申し訳なさも感じる。けど彼らがこうして快く振る舞ってくれる優しさを美味しくありがたくいただく。食べ終わる頃にきっと今晩も近所の友人が来て、テレビを見たりゲームをして過ごすのだろう。もう今ぼくとマイクはビールの瓶とスナックの袋を開けてしまった。そういえばTANNER GOODSの工房では、夕方四時半ごろに一日の終わりのミーティングをするが、そのミーティングの時にもうビールの瓶を片手に話をしている人がいたのが印象的だった。工房の片隅にビールの自販機があった。
 ゆっくり書き(打ち)進めている間にやっぱり、そして予想以上に早く、同じアパートに暮らすカールが来た。カールとは本当に毎日会っている。ぼくのこの一週間の経験からすると、彼は僕らの夕飯ができる頃に自分も夕飯を食べに帰って行って、そして九時頃になったらまた来るだろう。

24


心温まる写真が届きました。

2012.11.16 my 24th birthday.

Elderly Youth

Jack and Tron, outside the pub.

 今朝もゆっくり起床、起きたらもう二人は居ない。アパートの地下にあるコインランドリーへ、溜まった洗濯物を持って行き、コーヒーを買って来て、パソコンを触る。昨晩は先日友達になったジャックが誘ってくれて飲みに出掛けた。ジャックは大学生だが、彼もまたTANNER GOODSで働いている。トローンという名のこれまたTANNER GOODSで働く男の子も一緒だった。工房ではベルト作り担当のトローンはアーティストでもあり、彼の描いたドローイングをすこし見た。彼らは一緒に家をシェアして暮らしていて、先日すこしおじゃましたときにトローンの部屋も勝手に覗いたのだ。何を描いているかは分からないような画だが、かっこよかった。彼自身もなんだか雰囲気のある、魅力のある男だ。ジャックは20歳、トローンは22歳で二人とも年下なのだけど、日本のその歳の子たちとは明らかに違うことを感じている。誤解も生みそうだし、あまりいい言い方ではないのは承知だが、けど本当にそう思う。一人一人が堂々としている、というのは今回アメリカに来てから感じている大きなことのひとつで、それは若い彼らにも同じように感じる。そしてすごくよく気付いてくれる。気遣いが身に付いていることも感じる。サンフランシスコで頻繁にコーヒーショップに通っていたときに何度も感じたのは、店員も堂々としているということ。いい意味だけではない。レジで頬杖をついたまま注文を聞いてきたり、フレンドリーと感じられるラインをすこし超えてしまっているような、僕みたいな日本人からすると「その態度は感じ悪いなあ」と思えるシーンが何度もあった。けど、それは彼らの態度が悪いという訳ではなくて、僕が日本人だからそう感じてしまっているだけかもしれないなという考えに至った。きっと周りのみんなはそんなこと感じない、あまりにも普通なことが起きているだけなんだろうなと。日本の多くの店での店員の態度は腰が低すぎるとも思うしもっとカジュアルでいこうよと思うが、同時に僕はそんな日本人の、人に気を使うところが好きだなあという考えにも至った。すこし話が逸れたが、ジャックたちは全く年下ということを感じさせることも無く、むしろすでにすこし頼れる存在でもある。年下とか年上とかいちいち書くのもナンセンスだなあと今恥ずかしく思うが。今のところ毎回僕にお金を払わせなかったり(彼も貧乏学生なのに)、色々と細かい気遣いもしてくれ、とにかく気持ちよく付き合える。敬語とかタメ口とか、その使い分けが無いのも大きいのだろうなと思う。
 昨日はそんな二人と久しぶりにすこし酔うほど飲んで、楽しい夜だった。アメリカは21歳にならないとお酒が飲めないのでジャックは友人の運転免許証をごまかして使っているが、昨日行ったひとつの店はIDチェックが厳しくてそれを取り上げられた。彼は誕生日が来るまでのあと数カ月どうするのだろう。そして無理矢理つなげるが、僕は今日誕生日を迎え24歳になった。今晩も彼らが夕飯に誘ってくれているので、きっとまた楽しい夜になるのだろう。美味いピザを食べに行こう!と言っていた。
 これを書いてる間にもうとっくに乾燥機は止まっているので、取りに行って早く出掛けよう。気付いたらもう午後だ。トローンが誕生日プレゼントにベルトを作ってくれるというので、今日はまたタナーグッズの工房へ行く。

2012.11.16 Fri. afternoon wrote.

アメリカ人


 昨日見つけて気に入ったCELLAR DOOR COFFEE ROASTERSへちょっと散歩がてら朝のコーヒーを飲みに行く。今朝は紙コップで持って帰り、家でパンを食べながら。こうして家の近くに"ちょっとコーヒーを飲みに"行ける、そして行きたくなるようなコーヒーショップがある町で暮らしたい。
 昨晩はタイ料理をテイクアウトし、三人でTVを観ながら食べた。そうこうしているとまたしても同じアパートのカールがやって来て、映画を観に行こうという話になった。歩いてすぐのところに映画館があり、そこでは007の新作が上映されている。それは数日前にその前を歩いたときに確認していたが、まさか観に来ることになるとは。英語もきっと大して聞き取れないだろうし楽しめるかな、と正直あまり期待せずに着いて行ったが、最初の予告編が始まってすぐに、来てよかったと思った。僕には理解できないジョークにも声を出して笑い、映画ならではのあり得ないアクションシーンでもいちいち声を出してドッと沸く。本当にその瞬間観客みんながひとつになるような、そんなふうにみんなで盛り上がりながら鑑賞していた。欧米のジョークに笑うことができずひとり黙って観続けたが、僕は僕で、みんながそうしてドッと沸くたびに「これがアメリカ人か」と面白がっていた。そして帰り道に映画の感想を言い合いながらそれぞれの家に帰って行く。「映画としてはそんないい映画じゃないけど、観てて楽しいでしょ」と言っていたことや、最後エンドロールが流れ始めるとすぐにみんな一斉に席を立って帰るのを見て、これがこの人たちの映画の楽しみ方なんだな、と感じた。アメリカ人の、とまで大きく括ってしまえるほどまだ他の人たちを知らないが、少なくとも昨日あそこにいた人たちは、そういうエンターテイメント、娯楽をみんなで観て盛り上がる、という行為が単純に好きみたいだ。今や派手なアクション映画を観ることはほとんど無くなったし、映画を観に行ってもただ黙って画面を眺め、(多くの日本人がそうであるように)"自分とその映画"という付き合い方をする僕なんかからしたら、みんなで楽しんでいる様子はなんだか可愛らしいなーとも思える。アメリカに来ていてもこれまでは多くの時間を自分ひとりで過ごしていたり、頼れる日本人が近くにいたりしたが、こうしてアメリカ人の生活の中に入っている、という面白い時間を今のところ毎晩ここポートランドでは過ごしている。
 今日は昨日を上回る快晴だ。歯を磨いたら歩き出す。

2012.11.15 Fri. before noon wrote.
フェイスブックで誕生日おめでとうのメッセージが届いた。時差で日本はもう明日なんだね。

PORTLAND, feeling good

昨晩のちゃんこ鍋
散歩日和

 まだ四日目だが、ポートランドが今回の旅で訪れた街の中で一番自分に合っていると思う。まだうまく言葉にできないが、なんとなくただの旅先、という感覚とは違う居心地のよさを感じられている。それは初めから友人の家に泊まれているという安心感や、その友人つながりでまた友人になれそうな人たちとも日々出会えていることもすごく大きい。泊めてくれているマリーとマイクは同じTANNER GOODSというMADE IN PORTLANDの革製品のブランドで働いている。昨日はその工房へ連れて行ってくれ、実際に製品を作っているところを見学した。スタッフのみんなもフレンドリーで感じがよくて、おしゃべりをしたりイヤホンで音楽を聴いて集中しながら、自分の好きなブランドの工房で活き活きと仕事をしている様子が羨ましくも思えた。オーナーのマークも親しみやすい人で、すこし話をした後、PORTLAND LEATHERという革の問屋のような大きな倉庫へ荷物を取りに行くのに連れて行ってくれた。友人がいて彼らが連れ出してくれることで、自分ひとりではなかなか経験できないことへと繋がっていく。本当にありがたい。「ここで働いている人はみんな日本に行きたがっているよ」とマリーが言っていた。「みんな日本のクラフトマンシップに興味があるの」と。
 ポートランドはいたるところにフードカートが出店していて、場所によっては駐車場にたくさんのフードカートがあつまっていたりする。昨日ランチを買いに行ったダウンタウンの中にあるそんな場所は、たぶん20~30軒くらい並んでいたと思う。毎日ひとつずつ試していきたいと思うほどどの店も魅力的だった。悩んだ末にチャーハン。そして昨日は夕飯にマリーががちゃんこ鍋をつくってくれた。"SUMO WRESTLER HOT POT -Chanko Nabe-"と書かれたレシピを見ながら丁寧につくられたちゃんこ鍋は本当においしくて、二人の優しさに甘えて腹一杯食べた。夕飯を食べ終わる頃、大体夜9時頃に、ほとんど毎日同じアパートに住む友人が2~3人集まってくる。今のところ上の階に住むフォトグラファーのカールという男とは毎日会っている。最初の日曜日の夜にマイクが「これはすごくアメリカ的なことなんだけど、日曜日の夜9時にはみんなでテレビを観るんだ」とは聞いていたが、どうやら日曜日に限ったことではないらしい。9時頃にノックをして、ビール片手に入ってくる。自分の家が毎日そんな場所になるのは僕はすこし嫌だが、今そんなアメリカ人の習慣の中に入っているのはおもしろい。コメディドラマやアニメ、バスケの試合を観て、その合間にサッカーゲームをする。久しぶりのテレビゲームに僕も同じように盛り上がる。ダッシュボタンはどれ?と聞いたら「俺たちはそれをトラベルって言うけど、ダッシュって言うのはかっこいい!」なんて言っていた。そうして二時間ほどリビングでみんなで過ごし、適当な時間になると「もう寝るよ」と行って帰って行く。そしてマリーとマイクもすこししたら「おやすみ」と言ってベッドルームへ行く。リビングにベッドを用意されている僕は自然と毎日そのタイミングでひとりになり、歯を磨いて眠りにつく。
 今日ポートランド4日目にしてやっと青空を見た。雨期に入っている今の時期はグレーの空が日常で、これはこれでポートランドらしくていいや、と思っていたがやっぱり晴れるときもちいい。歩き回るには絶好の日、コーヒーショップもひとつお気に入りを見つけて気分も軽い夕方。今晩はタイ料理を食べに行こうと話している。それとこないだのパンプキンパイはやっぱりあの日の晩に食べることができ、今や僕の好物だと言える。パンプキンビールというものも飲んだ。食が豊かというのと同時に、食を楽しむことができるのも豊かだ。今はそのどちらにも恵まれていて、お腹も気持ちも満たされるポートランドの日々。ありがたい。

2012.11.14 Wed. evening wrote.

Arriving in Portland, OR

This morning, Eugene, Oregon

 約十六時間半のバス移動は、終わってみればそんなに長く感じなかった。去年よく利用していた名古屋〜東京間の夜行バスはその三分の一ほどの時間だが、ほとんど同じような感覚だ。そんなにしっかり眠れたわけでもないのだけど。
 ポートランドでの初めの一週間ほどは、友人が紹介してくれた友人がパートナーと一緒に暮らしているアパートに泊めてもらう。MaryとMike。今朝は彼らがバスターミナルまでピックアップしに来てくれ、お気に入りだというカフェへ朝食を食べに行った。ここもコーヒーはスタンプタウンの豆を使っていて、すこし苦手意識のあるフレンチプレスで淹れるコーヒーだったけど美味しかった。最近サンフランシスコではニューウェーブの酸味系のコーヒーを飲むことが多かったが、今朝のコーヒーは違って、ちょうど好きな加減だった。そういえば先日会ったアンドリューも、「ニューウェーブのコーヒーは酸っぱいデスネ」と言っていた。こっちの人はみんなそれを好んでいるのかな、という気にもなっていたから聞いてなんか安心した。それからフレンチトーストにポテト、オムレツ、サラダ。アメリカへ来てから一番おいしい朝食だった。その分すこし値段は高いがまた来たい。今日は彼らがごちそうしてくれた。
 ここまで北上してくると気温は一気に低くなり、もう冬物の上着が必要だ。朝からずっと小雨が降り続く一日、「これがこの時期のいつものポートランドだよ」と言われる。10~12月が雨期だということは知っていたから、まさにこれなんだな、という感じ。残念な気にはあまりならない。そんなに大雨になることはあまりないそうだ。今日はその後家でゆっくりしたり夕飯の買い物へ一緒に行ったり、のんびりしている。本当に偶然なことにMaryとMikeは僕のおじさんおばさんのブランドが大好きだそうで、さらに親日家だ。だから初対面の僕を快く迎え入れてくれたのだろう。和食も好きでさっき料理本を見ながら「今週ちゃんこ鍋をつくろう」ということにもなったし、僕も今度夕飯をつくってみんなで楽しめたらなあと、期待が膨らむ。食を楽しめるというのはいいなあ。そしてポートランドは食を楽しむにはすごくいい場所だ。聞く話だとカリフォルニアのベイエリア以上に食に対する意識が高く、進んでいるという。さっきすこし買い物へ着いて行っただけでもそれは感じられた気がする。オーガニックという選択肢が当たり前に用意されていて、そして当たり前にそれを選択する消費者たち。もちろん一日目にほんのちょっと見ただけの感想だから大袈裟ではあるかもしれないけど。それとコーヒー文化もサンフランシスコ以上に活発だとも聞いた。個人的に自宅で焙煎して豆を売る人や、街中でカートや車で移動販売する人たちも多いと。
 今日は歩き回ることはしていないが、車に乗せてもらってすこし街を移動しただけで、ポートランドの雰囲気はすごく気に入った。正直、期待通りという感じ。この街の人たちは物事を小さく留めようとする気質があるようで、スターバックスも嫌っていて一店舗だけしか無いのだという。むしろ一店舗でも侵入されてしまった!という感じかもれない。大きなチェーン店を好まず小さな店がたくさんあるというのが、こうして居心地よく感じられる理由だろうと思う。窓際の机でこうしてパソコンを触っていて、すぐ横の歩道を歩く人と目が合っても、軽く微笑み合うことができてうれしかった。目の前に置かれている今日買って来たパンプキンパイは、夕飯後に食べられるのだろうか。今楽しみなことのひとつ。

2012.11.11 Sun. evening wrote.

The last day in SF.

The last morning in SF.

 サンフランシスコで過ごす最後の朝は、ここで朝ご飯を食べようと決めていた。ベーグルにスクランブルエッグとチーズを乗せてもらう。コーヒー豆はポートランドのスタンプタウンコーヒーのものを使っている。朝起きるとすこし空いたカーテンの間からきもちよく青空が見えて、いい朝を迎えられたと思った。すこし歩いてここATLAS CAFEへ来ると、健康的でかわいらしいスタッフの女性がにこやかに注文を聞いてくれる。どこから来たのか聞かれたので日本と答えると、「ワタシハァ〜◯◯(名前忘れてしまった)デスゥ〜」と、続けてとなりのスタッフを見て「カノジョハァ〜」と、なんともキュートな日本語を披露してくれた。今日のスクランブルエッグは今までで一番ふんわりしていて美味しかった。
 同じように最後のサンフランシスコの夜だった昨晩はイベントへ出掛けた。Mollusk SurfshopでThomas Campbellの写真展と写真集の出版記念のオープニングパーティーがあったのだ。そこではTommy GuerreroとRay Barbeeのライブも行われて、自分の好きな人たちがいきなり目の前にいるのがすこし変な感じだった。アメリカ旅行を考えていた頃、ノートにアメリカで何をするかというページをつくった。そこには真っ先に「トーマスキャンベルに会う」と書いてある。けれどそれを実現するために何の行動もして来なかったから、諦めていたところに昨晩の情報が入ったのだった。と言っても特に中身のある話は何もできず、サインをしている列に並び、久しぶりに緊張しながら何と言おうか考え、そのセリフを失敗しないように言っただけ、というのが正直なところだ。あんな焦る必要は無かったのだけど、あの空間で話すのは僕にはいっぱいいっぱいだった。すこしだけ後悔してしまっているが、それでも満足、と思える夜だった。それと、もちろん忘れずzineも渡した。自分の写真を見てくれて、家のどこかに置いてくれるかなと思うと安心する。
 モラスクへ行く前に、アンドリューという男と会った。彼は横浜に二年ほど住んでいたらしく日本語もかなり話すことができて、共通の知人がいたこともあっていきなりメールを送ってみたら、快く会いましょうと返事をくれた。モラスクのイベントのことを英語でメールを打って伝えたら、「いいね!行きたい!」と日本語で返ってきたのが面白かった。それからはほとんど日本語でメールを打ってくれたし、会ってからも日本語で話そうとしてくれた。待ち合わせていたバーには10分前くらいに着き、しばらく外で待っていたら中から「アツシ!」と言って出て来た。なんとなく大体みんなすこし遅れて来るだろうなと思っていたから、先に中にいるとは思わなかった。アンドリューとは誕生日が一日違いだったり、昨日は偶然にも紺色のニット帽にグレーのトレーナー、ジーパンと同じような格好をしていたり、なにか繋がりを感じられて、きもちよく付き合っていけそうだ。付き合って行きたいと思える素敵な男だ。そういえばトパンガでマイクと出会ったときも、白いTシャツに茶色のズボンと、同じような格好をしていたのを思い出す。1時間ほどバーで飲み、外へ歩き出したらすぐに路面電車が走ってくるのが見えたので走って乗り込んだ。モラスクへ行く前に彼の友人の家に寄ってビールを飲み、モラスクでもビールを飲みながら好きなミュージシャンの音楽を聴き、と、ついにそんな友人と過ごす時間を最後の夜に持ててうれしかった。アンドリューは途中で別のパーティーへ行ったのでモラスクを出てから僕もそっちへ合流したい気分にもなったが、別れ際の「日本で会いましょう!」という言葉が爽快だったし、これ以上はしつこい気がして帰りの路面電車に乗った。
 サンフランシスコで会えるかもしれなかった、会いたい人がまだいたのだが、きっとそう遠くない将来ちゃんと会うことができると思える。昨晩から今に続いてるこのいい時間を最後に過ごせていることがまた、そんな風に思わせてくれる。今回のサンフランシスコ滞在に満足できる。今朝家を出たとき、隣の家からは大音量でジャニスジョプリンが流れていた。

2012.11.10 Sat. before noon wrote.

cold and heartwarming

 冬も好きだと思うようになったのは最近なのか、前から好きだったけど特にそういうふうに意識することがなかっただけなのか。最近冬が来るのを楽しみにしている自分に気付くときがある。今日もすこし冷えてきた空気の中を歩きながら、そんな感覚を得た。どの季節が好きかという話になれば、すぐに夏と答えるだろう。春も秋も冬もそれぞれの良さがあるからそれぞれ好きだけど、なんてつまらないこともうっかり言いそうになるが、やっぱり好きな季節は夏だ。けど、ちょっと敢えて夏以外のことを。
 秋も好きだ。でも好きな理由を挙げようとして一番に出てくるものは「自分が生まれた季節だから」ということくらいで、それ以外には大した理由が無いことに気付く。それよりも最近わかったのは、秋に入って空気が冷えてきた街中を歩いていて、ヒュウッーと冷たい風が吹いたとき、来たる冬の存在を感じるあの感じが好きだということ。僕自身はクリスマスをそんなに意識するタイプではないが、クリスマスの時期のあのキラキラした雰囲気や、恋人たちがロマンティックなものを求めているような、そしてそこから生まれるあの雰囲気は好きだ。実際に、その時期が訪れるのを楽しみにしている自分がいる。恥ずかしい話だが、最近よくiTunesで再生してしまうのは映画Love Actuallyのサントラに入っている、Otis Reddingの歌う「White Christmas」なのだ。それを聴いてジワ〜と沁みるあの感じ、身体が冷えてくるからより一層そういうものを温かく感じられる。これはもうクリスマスが好きということにもなるのだろうか。なんとなく「クリスマスが好き」とまでは言いたくないと変な意地を張っているだけだろうか。まあとにかく冬の時期独特のあの感じ、きっとそれで伝わるだろうと思えるから「あの感じ」とばかり言ってしまうが、まさにあの感じが得られることこそが僕が冬も好きだと思える理由だ。街行く人が寒そうに肩をきゅっとさせて、背中をすこし丸めて歩いているのが微笑ましい。そして今の、12月に日本に帰ることが決まっている僕にとっては、その安心感、好きな人たちの元へ帰って行ける安心感がなんといっても大きくて温かい。ということで、秋はそんな「来たる温かい冬」を感じ始められる、思いを馳せられる時期としても意味のある季節だということに。
 春はどうだろう、春はやっぱり新しいことがはじまるようなあの雰囲気。専門学生の頃、春休みの間も学校へ行って暗室に入っていたが、新年度が始まるという4月のある日、いつも通り歩いていた名古屋駅の構内で「すれ違う人たちの顔ぶれが昨日までと変わった」と感じたことがあった。もちろん名古屋駅ですれ違う人なんて毎日みんな知らない人たちだから変な話なのだけど、なんとなくでも確かにそう感じたことは当時のノートへのメモに残っていて、それを覚えている。そして、秋の場合と同じような話になるが、どうしても「来たる大好きな夏」を感じて気分が軽く、楽になり始める時期なのだ。
 そんなふうに考えていると、やっぱりそれぞれの季節に求めていることや、それぞれ与えてくれるものがあって、どの季節も好きだなあという話になってしまう。日本人らしく四季を感じながら、というのは僕にはまだすこしきれい過ぎる言い方な気がするが、自分がその季節をどう感じて過ごしているか、過ごしていくかということに興味を持った。
 朝ご飯を食べた後、どうもスイッチが入らず長い長い昼寝をし、夕方にカメラとノートと財布を持ってぶらぶらと歩いた。昼間寝ていた間に大雨がザッと降ったらしく、そのせいか一気に寒くなった。上着のポケットに手を入れて気付いたら「寒そうに歩いている人」になっている自分がいて、同じように寒そうにマフラーを巻いた首を埋めて歩くきれいな女性とすれ違ったときに、温かい冬を感じたのだ。



Style Craft


 Sight Glass Coffeeは豆を深く焙煎することをしないらしい。先週まで泊まっていた宿が近かったこともあるが、サンフランシスコへ来てから何度か通っているコーヒーショップだ。スタイリッシュなのだけどお高い感じではなく、アコースティック。というのが僕がカリフォルニアのベイエリアに対して持っていたイメージだった。そして実際にこの土地へ来て見て回って、そのイメージしていたものを目の前に心地よく感じられることもよくある。それを選んで通ってくる客がまたその店のリラックスした雰囲気をつくっている。サイトグラスもそのひとつだ。コーヒーも美味い。けど、僕の好みにはすこし浅過ぎるかなというのが正直な感想。深煎りとまでいかなくてももうすこし香ばしいものが好きだ。けど今ここで書きたいのは、彼らのスタイルのこと。日本を出る前に手に入れた雑誌Casa  BRUTUSカリフォルニア特集号(Topanga Canyonのこともこの中で知った)にはこっちの最近のコーヒーショップに関する興味深い記事もあった。日本の焙煎家オオヤミノルさんがコーヒーショップを訪ねて行き、オーナーたちとコーヒー談議をしていくというもので、文章は岡本仁さん。写真は高橋ヨーコさんで、コーディネートをしたのはトパンガでお会いした武藤彩さん。その中のサイトグラスへのインタビューの中で彼らは、「深く焙煎すれば豆を炭化させると、シンプルに考えています。僕らはコーヒー豆の持つ美しさを表現したい」と言っている。それに対してオオヤさんの「深煎りでしか出せない味わいもあってそのふたつがどっちもおいしいなら、ローストの幅がある方があるほうがおもしろいんじゃないか」という問いへの彼らの答えが特に印象的で、それ以来心のどこかに残っている。「そのフレーバーの違いは僕らもわかっています。でも、僕らは1つの豆を5段階の焼き方に分けて、という方法は採りません。その中の1つを僕らの料理法として見極めて出しているんです。」
 すこし前に書いた、他の選択肢を持たないという選択、という自分の写真のことと関連づけるのは強引かもしれないが、そのひとつの選択に誇りを持ってプロフェッショナルな仕事をしていることにすごく惹かれるのだ。「一晩中でもその話を突き詰めたいと、オオヤさんは時間がないことをとても残念がった。」とその記事は結ばれているが、そのつづきは僕も本当に聞いてみたい。何か勇気づけられるような言葉をそこで聞けるだろう。そんな風に共感、尊敬できる人との共通点を(時にはすこし強引にでも)見出しては勇気づけられたり、うれしい気持ちになる。人のことが気になるこの性格は変わらないが、今のところは、たまにそうして自分の立ち位置を確認したりする。

 カメラはものごとの「なぜ」に答えるのに適した道具ではない。むしろその問いかけを喚起させるものだ。うまくするとカメラ特有の直感で、質問すると同時に答えを出してくれる。だからこそカメラを手に、そんな「偶然のシャッターチャンス」を求めて、私はあえて当てずっぽうに歩き回って来たのだろう。 ー Henri Cartier-Bresson

 以前も載せたブレッソンの言葉だがこれも、彼も当てずっぽうに歩き回っていたんだな!(もちろん翻訳される前にどんな言葉を使っていたか知らないけど)なんて、僕もそうしていきますなんて伝えたいような気持ちにさせてくれる。

こだわるヒト

 11月だというのに半袖でいても暑い陽気で、久しぶりにビーサンで歩き回った。去年は靴を履く必要のある日以外は春から冬の初めまでビーサンで過ごしていたが、今年は割とおとなしく靴を履いている。靴を楽しむようにもなってきた、という感じ。だからだろう、"ビーサン仕様"だった足が靴に慣れて弱くなってきていると思う。弱いというマイナスな言い方を選ぶのは、できるだけ裸足で過ごしていたいという理想はまだ持ちつづけているから。ビーサンは葉山のげんべい!と決めているが、そのなんとなくのこだわりについても考える時が来ているかもしれない。これぞビーサン、という飾り気の無いところが好きなのだが、歩き回るには正直ペタペタ過ぎるなというのも感じているのだ。けれど言い換えればそこにビーサンの美を見出しているようなものだし、そのスタイルを続けているブランドへのリスペクトをこちらも表現する意味でも、きっと使い続けるのだろう。もっと履き心地よく進化を遂げている他のビーサンをたまに試着して、ああきもちいいと感じながら。そんな変なこだわりがその人をつくっていくのだから、そんな変なこだわりほど大切にしたほうがいいかもしれない、と今書きながら思う。けどこだわり過ぎると苦しくなっていくから、こだわり過ぎないようにも心掛けたい。その中で貫いていけるものがあるはずで、そんなことをいくつか抱えて暮らしていけたらいい。

still walking around.


 無印の、ポケットのついた一冊のノートを手帳として使い始めて三年が経つ。ポケットの破れた部分は糸で繕い、ジップで閉まらなくなった部分はマジックテープを貼るなどしながら使いつづけている。まだ手の着けられていないページをざっと見た感じでは、あと半年ほど使えそうだ。ただの白いページのノートなので、見開きに自分で枠を描いてカレンダーにし、そこにちょこちょこと予定を書き込む。ずっとその枠を描く作業だけは、なんとなく色鉛筆で月ごとに色を変えることを続けてきたが、最近はただの黒いボールペンで描いている。その他のページには日々のメモや、出会った人から書いてもらった連絡先(これが一番好きなページ)など、三年分を見返してみるとそれなりに充実した内容の一冊だなあと、カメラと同じくらい大切なモノだ。
 二年前の今日11/5のマスには「ブラジル朝イチ~4」とある。当時働いていた名古屋の金山ブラジルコーヒーのシフトだ。翌日6日土曜日には「最終仕上げ、出発」とあるが、準備が間に合わなかったのだろう、出発がバツで取り消されていて、さらにその翌日7日日曜日に改めて「出発、18:30~搬入!!」と書かれている。TAMBOURIN GALLERY(tokyo)での、自分の初めての個展のことだ。数日前に、そうか二年前の今頃はちょうどタンバリンで展示していた頃だな、と思い出していたが、改めて手帳を見返したらまだ来週のことだった。去年春日井のCAWAでの展示はちょうど11/2に終わったところだ。秋生まれの自分にとって、秋は何かイベントを行いたくなる季節なのだろうか。実際にタンバリンでの展示の日にちを決めるときは、ひとつ歳をとる前に済ませたいと思って誕生日が来る直前を選んだのだった。ちなみにその時の11月の色は青。秋らしくないが、これは僕の一番好きな色だ。そのときどう思って青を選んだのかは覚えていないが。
 "Walking around, Standing by"というのがその展示のタイトルだった。歩き回って、傍観する。今もそれは変わらない、むしろもっと歩き回っているくらいだ。スナップで撮影を続ける写真家には当たり前すぎるタイトルだが、「傍観」という言葉がストンと腑に落ち、さらに英語を使いたかった自分にはこれ以上のアイデアは出なかった。今ひとりで歩き回る日々の中で撮っている写真は、まさにそのつづきの様なものだと思う。日本に帰って現像、プリントしていくのが楽しみで仕方がない。変わっていないと思っているスタイルの中で、目に見えるカタチで何か変わっているものを発見できたらそれもうれしい。
 今年の正月に神奈川へ引っ越してから8月まで、今までにないくらいきっちり週6日の仕事をしていたから、1,2月のカレンダーにはほとんど何の書き込みも無く、3月からはそのカレンダーのページすら作っていなかった。そして9月からまた再始動したカレンダーは黒いボールペンしか使われていない色気の無いものだが、その空欄にも何か意味を感じられるような、そんな旅の日々をあと一か月。風邪をひいてここのところ滞在先の友人宅に引きこもりがちだったが、昨日からやけに暑いくらいの天気で、Tシャツで過ごせる、また日に焼けるような日差しだ。

Let's go Giants...?


 昨日のつづきのような文章になるけど、あの後カメラと、酒が買える程度のお金をポケットに入れて外へ出た。
 サンフランシスコのメインストリートらしい"マーケットストリート"までは宿からすぐ行ける。やっぱりその通りが一番激しく盛り上がっていた。行き交う車はみんなクラクションを鳴らして走って行く。どけどけという意味ではなく、みんなの興奮をあおるような感じでクラクションを鳴らしながら走る。歩道を歩く多くの人々もそれに応えて「Let's go Giants!!」と叫び、それだけで迫力のある光景で、僕もなんか楽しくなってきた。やっぱりサンフランシスコの野球チーム、ジャイアンツがワールドシリーズを制覇したようだった。みんなマーケットストリートを東へ向かって歩いて行っていた。どんどん人の数も増えてヒートアップしていく雰囲気があり、フィルムが足りなくなると思って一度宿に戻った。
 マーケットストリートを東へ、みんなを追いかけるように歩いて行くと、大きな交差点でみんなが集まっていた。もう聞き慣れてきたあのジャイアンツコールや対戦相手だったデトロイトタイガースへの「Fuck Detroit!!」コールが沸き起こって、みんなの興奮も最高潮に達しようかという感じ。すこしするとまた東へ移動し始め、その先の大きな交差点で再びジャイアンツの塊ができた。そこへ行くまでに、空き瓶が投げられたり店のショーウィンドウが割られたり、そんな過激な行動も見え始めてだんだん危険な雰囲気も増していった。気付くとすこし先には警官の集団もできていて、それでもみんなそんなことを気にするテンションではないので、めちゃくちゃにやり続ける。交差点に入ってきた車の上に乗って飛び跳ね、運が悪い車は窓ガラスを割られる。警官へも空き瓶が投げられ、彼らが迫ってくるとみんな逃げて、愚かな者は向かって行き捕まりそうになる。警官が下がって行くとまた「Let's go! Fuck the police!!」と挑発し始める。警察に銃も向けられた。僕に向けられた訳ではないけど、その男の数メートル後ろにいたので、その時はさすがにヒヤッとして逃げた。そんなことがひとつの大きな交差点で繰り返されていた。もはやそれはお祭り騒ぎなんかではなく、ただの暴動になっていった。ジャイアンツの優勝を喜ぶ夜ではなかったか。誰がそんな状況を望んでいるのだろう。けれど、もう彼らにそんなことを考えられる理性は残っていなくて、ただハイになってみんなで騒ぎたいというだけだったのだろう。正直言うと、ぼくもその状況にすこし興奮して楽しんで写真を撮っていた。早い段階でiPhoneの充電が切れてしまったのですぐに見せられる写真は無いが、とりあえず自分のカメラでできるだけ前線に行って撮影を続けた。けど僕よりも一歩も二歩も踏み込んだところで撮影し続ける一人のかっこいい女性カメラマンがいた。
 街中のゴミ箱を集めてきて、紙類に火がつけられ大通りの真ん中で焚き火が始まる。全くイカレタ状況だった。すると後ろの方からワアーッと大歓声があがったので振り向くと、今度は市バスが標的になっていた。あの時は、あの交差点に入ってきたら最期、という感じだった。過激な連中がバスの窓ガラスを割り、車体をボコボコにして、ついにバスにも火がつけられた。運転席の辺りにあっという間に火は燃え広がり、車内の電気は消え、クラクションが鳴り始めた。勝手にクラクションが鳴り始めたのはなんとも奇妙だった。そして黒煙が勢いよく吐き出される。スクリュー状に渦を巻いて飛び出てくる黒煙はかっこ良くも見えた。あまりにイカレタ、映画でしか見たことのないような映像が目の前で繰り広げられていたのだ。危ない匂いもしはじめ、さすがにこれはヤバいぞという雰囲気になったところで、警官がやっとみんなを交差点から追いやり、消火作業が始まってその暴動は収まっていった。
 まだすこし周りを歩きつづけ、なにか面白い出来事が起こっていないか探し歩いた。もうそれからはみんなやっと家に向かって歩きはじめた様子で、街も静かになっていった。その後また例の交差点へ寄ると、消火作業の終わったバスが空しくポツンと止まっていた。黒こげになった車内、割られた窓ガラス、いたるところが凹んでいる車体。寂しそうな画だった。今頃になってその惨事を知ったらしい人がぽつりぽつりと集まってきて写真を撮っていく。ハロウィーンパーティーの帰りなのだろう、その時はもうジャイアンツのユニフォームを着た人は少なく、仮装している人がちょこちょこ見えた。30分前の喧噪が信じられないほど一気に静かになったその交差点の周りでは、警官も装備を外してもう帰ろうというところだった。自分の親と同じくらいの歳のおじさん警官が足を引き摺って歩いている。帰り道、あの最前線で写真を撮りつづけていた女性カメラマンも見掛けた。あのでかいレンズとフラッシュの付いたカメラを見た感じでは、きっと報道カメラマンとしてやっている人なのだろう。アシスタントらしい付き人にカメラを渡しているその表情は、疲れきっていて、悲しそうにも見えた。
 昨晩、きっとここがアメリカで一番アツイ場所だったのではないか。無責任なひとりの旅人としては、面白い経験ができたというのが正直な感想だ。けれどその帰り道からやっと感じ始めた、あれは悲しい出来事だった。もちろん、あれだけの人が集まっていたが、実際に過激な行動をとっていたのはその一部の連中だということは書いておかないといけない。まあなんにせよ、応援している地元のチームが優勝して喜んで、なのにその地元の街をむちゃくちゃにしてしまうというのは......。完全にイカレタ経験だった。僕には理解できない。ここがアメリカだからだろうか。僕の心にはかなりのビッグニュースとして焼き付いたが、彼らにとってはそうたいした出来事ではないのだろうか。スケールのでかい国だから、そんなふうにも思えてしまう。

keep walking in SF


 最近の朝ご飯は大体決まっていて、ベーグルにクリームチーズを塗って、あとはフルーツを。そこにコーヒーは無い。コーヒーを淹れるドリッパー、キャンプ用の小さく仕舞えるバネ状のものを旅をするときは愛用してきたが、宿のキッチンでなくしてしまった。数日前、やけに棚が整理されていたことがあって、その後から見当たらないのできっとそのときにどこかへ行ってしまったのだろう。周りにいいコーヒーショップがたくさんあることが救いだけど、いくつかのロースターの豆は自分でも買って淹れたかったので残念。だから、より一層コーヒーショップへ足を伸ばす理由ができてしまった。
 昨日は、愛知の友人がサンフランシスコに住む友人を紹介してくれ、スムーズに連絡を取り合うことができて、そのひとに会った。しのぶさん。しのぶさんは服を作っている人で、フィリピン系アメリカ人の旦那さんと息子さんと暮らしている。昨日の夜はそのまた友人のお宅へ一緒にお邪魔した。日本人、アメリカ人、中国人、そしてそれぞれのハーフの子どもたちが集い、英語と日本語と、下手な英語(これは僕)と下手な日本語で話が進められるおもしろい時間だった。なにより、久しぶりにそうしてみんなで食卓を囲んでおいしいご飯を食べられたことがうれしい。ここでも僕のzineをみんな興味を持って見てくれた。ひとり名前を忘れてしまったが、京都に何年か住んでいたというアメリカ人の女性は、佐渡島のアースセレブレーションのまだ初期の頃に、僕とおなじく三年続けて遊びに行っていたなど興味深い話もたくさんできて、全員が初対面の場だったが居心地はよかった。そしてさらに、僕の急な申し出にも快く旦那さんと検討してくれ、そして、今の宿の予約が切れるあさっての火曜日から、しのぶさんのお宅に泊めていただけることになった。サンフランシスコにはもうすこし滞在したいけど宿をおさえつづける出費は避けたい、という状況だった僕にとってこれ以上の幸運な出来事はない。いつでも助けてくれるのは友人のつながりだなあと感謝。貴代美さんありがとうございます。
 そんな訳でまだきっと10日ほど滞在するサンフランシスコ、まだ歩いていないエリアはあるし、そろそろバスや路面電車も活用しながら動いてみようかとも思う。昨日みんなと話していたら、一週間半居てまだ一度もバスに乗っていないことに驚かれた。それに今日同じ部屋にやってきた日本人の男の子は、電車を降りたサンフランシスコの東の端からここまで歩いてくるのがすごく遠くて疲れたと行っていたけど、ぼくはそこを往復するのが一日の移動ルートの一部に入っているくらいだから、やっぱりよく歩いてるんだなと実感。そのせいか、すこし膝が痛くなって来た。常にコンクリートの上。これも嫌いじゃないけど。
 もしかしたらジャイアンツが優勝したのだろうか、外から大きな歓声や車のクラクションの音が聞こえてくる、とにかくものすごい喧噪だ。すこしまたぶらぶら歩いて来よう。

COFFEE AND CAMERA

coffee break while raining, at Blue Bottle Coffee.

 今朝は目が覚めた時から雨が降っていた。コーヒーを淹れて、パンをトースターで温めてバナナを食べる。キッチンにはあまり人がいなかったので、割と落ち着いてゆっくり朝ご飯を済ませると、雨音はもう聞こえず外を見上げると青空が見えた。念のためレインジャケットをリュックに入れて今日も歩き出した。ここ二、三日で一気に気温が下がってきて、ここのところはTシャツにトレーナーを着ているのだけど、昼間でも日陰に入るとすこし肌寒い。天気予報では今週は天気が崩れる日が多いようだ。
 歩き回って疲れた午後三時頃、ちょうどまた雨も降りはじめてきたときに、気になっていたコーヒーショップにたどり着いて一息ついた。すこしすると雨は本降りになった。なんとなく足だけじゃなく気持ち的な疲れも感じていたので、雨が止んだらもう今日は宿に帰ろうと思っていた。四十分くらい休憩していただろうか、だんだん明るくなってきて、またスッキリと青空も広がったので席を立とうとした時、隣に座っていた初老の男性が僕のカメラを見て「レンズは何を使っているの?」と声をかけて来た。レンズを差し出しながら「これです、40mmの。これしか持っていないんです」というふうに応えると「私は50mm、ほとんど同じだね。今はこれしか使っていないよ」と言ってバッグから自分のカメラも出して見せてくれた。二人で「It's enough!(これ一本で十分だよね)」と共感し合えたうれしい瞬間だった。ローライの、機種名は忘れたが僕と同じ古いレンジファインダーカメラで、白黒フィルムで撮っている。名前はJames、彼もフォトグラファーだと言っていた。iPhoneの写真フォルダから見せてくれた彼の作品は、近年の(といってもまたこれも詳しい訳ではないんだけど)ロバートフランクの写真のような雰囲気だった。街で見つけた物を部分的に切り取った、繊細な感覚をもっているんだなと感じさせる写真。シンプルできれいだった。彼は興味を持ってフィルムのことや印画紙、どんな写真を撮っているのかなど色々と質問してくれた。僕はフィルムも印画紙や薬品もほとんどフジを使っていると話すと、「フィルムは100?そうか400か、いいね。けど今はもうつくられていないフジの600のフィルムが素晴らしかった」と話してくれた。フジの600なんて知らなかった。(ISO感度の話。) それからzineも見てもらったり、なんとかぎりぎりの英語力で楽しく写真談議ができた。うまく話すことはできないが、こうしてちゃんと聞く耳を持ってくれる人と話をするのは楽しい。彼もまた、ここに行くといいよとおすすめの場所を紙に書いて渡してくれた。人が書いてくれたメモが自分のノートに挟まれていくのは、人との出会いが目に見えるカタチで手元に残っていくようで、好きなことだ。手書きというのもやっぱりいい。一緒に店を出て、会えてよかったと握手をしてまたそれぞれの道へ歩き出す。この出会い、そしてこれがコーヒーショップでの偶然の出来事というのがきもちいい。自然と僕は、まだ宿には向かわずにもうすこし遠回りをして行くことにした。それからすこし歩いた先の路地で、地面に落ちている何かに静かにカメラを向けているJamesの姿を見た。雨上がりの西日が眩しかった。

Thinking future, Living today

 今回の旅のだいたい半分の時間が過ぎた。三か月なんてあっという間だよとよく言われてきたし自分でもそうだろうなと思っていたけど、実際には今「まだあと半分もあるんだなあ」と思う。
 帰るのがすごく楽しみだ。それは「早く帰りたい!」というのともすこし違う。こうして毎日一人でぶらぶら時間を過ごしているとやっぱり自分のこと、特にこれからのことを考える。これからの旅のことというよりかは、帰ってからのことの方をよく考えている。帰ってから自分のやるべきこと、できそうなこと、やりたいこと。写真を早く現像、プリントしていきたいということ、その写真たちをどういう形で発表していこうかということ、そして私生活の色々も、全部含めていろんな想像をする。それがすごく楽しくて「早くそのイメージを現実にしていきたい」という意味で帰るのが楽しみなのだ。正直帰ってから決まっていることは何もない。強いて言えば、来月からオーストラリアに旅に出る兄から「いつ帰るかわからないからよければ車を使って」という連絡をもらったので(ザッツとちょうど車を探していたところだったのでナイスタイミング)、帰ったらきっとすぐに一回名古屋に行くということくらい。
 わくわくしながらこれからのイメージをどんどん膨らませていられる、それだけでも既に旅に出た意味を感じられるのだけど、そんなことの次にこみ上げてくるのは、「まだあと一か月半も旅ができるのか!」というよろこびだ。三か月という期間はちょうどよかったかもしれない。
 今までもそんなものだったけれど、サンフランシスコについてからは特に、ひたすらぶらぶら歩き回って写真を撮ってはコーヒーショップ(呼び方はカフェでも何でもいいのだけど、僕はコーヒーショップと言うのが好き)を巡ったりする日々だ。単調な日々のようにも思えるがそんなことを考えるのはナンセンスだということにして、とりあえず今のところ毎日歩き回っている。一日に一、二回のコーヒーブレイクと、金銭的な問題で一回にしておかないとと思いながら二回行ってしまうことも多い外食を楽しみに歩き回っているような感じ。けど、実際に毎日手応えのある写真が撮れているので、その意味では充実している。今までにこんな毎日手応えの感じられる写真が撮れる日々なんてなかったから、今はこのチャンスを存分に生かしていたい。自分は写真を撮る人でありたいと再確認するような日々でもある。
 それと、なんといってもこれからの一番の課題は、いかに外食を我慢するかということだ。今回の旅に向けてお金を貯めている間でも、食事に関しては節約することがなかなかできなかった。するつもりもあまりなかった。贅沢という見方もあるかもしれないけど、おいしいものを食べてハッピーになること、は大事にしていることのひとつだ。もちろん高級なものという意味ではなくて。こうして街を歩き回っているとおいしそうなお店を見掛けるし、おいしそうな匂いが漂ってくるし、その中で我慢をすることがなかなかできない。しかしさすがに本気で節約スイッチを入れないと後の日々が思いやられるので、旅の間だからな、とインスタント麺をいくつか買って帰って来た。ホステルの共同キッチンはやっぱり好きになれない。このホステルは結構たくさんの人がいるので特にそうだ。けど、ここでも一日に一、二回コーヒーを淹れるときだけは、なんとなく自分の空間を確保できるようなような気分。ミルで豆を挽いていると結構チラ見される。
 早く帰りたい気持ちと、まだまだ旅をつづけられるよろこびを同時に感じる旅の半ば。正直なところ、早く帰って早く頭の中に浮かんでいる事柄を実行していきたい気持ちが勝っている。けど、きっとこれから更にそのイメージが膨らんだり具体的なものになっていったりするだろう、とこれからの日々に高まる期待。そんな考えが繰り返される。
ザッツの頭に乗ることを覚えたネム。
この子たちに会いたい気持ちも大きい

Topanga Canyon~Big Sur

Topanga Canyon
After surfing, North Malibu
Big Sur

 マリブの海岸線から山道を上がっていくと、トパンガキャニオンという渓谷がある。トパンガのことは日本を出る一か月前、たまたま本屋で見つけたCASA BRUTUSのカリフォルニア特集号を読んで知った。山の中にセルフビルドの小屋がいくつか建っていて、そこに個性的な住人たちが暮らしている、すごく興味の湧く記事だった。読んだその時から絶対にここには行きたいと思っていて、その住人のひとりである日本人の写真家、武藤彩さんと連絡を取ることができたのは一週間ちょっと前のことだった。そしてサンフランシスコへ向かってくる前、ちょうど一週間前の土曜日の夜にトパンガキャニオンの小屋へお邪魔した。
 もっと山奥の他に何もないような環境を想像してけど、道路沿いにたまにお店があったり家もちょこちょこ建っていて、意外と人の生活を感じられる場所だった。海岸線から10分ちょっと走り、メインストリートから一本入って行った先が教えてもらっていた住所だが、そこまで行くと真っ暗で何も見えない。言われていたように路肩に車を停め電話をするが応答がなく、数分闇の中をぶらぶらしていたら一台車が来て、僕のすこし後ろに駐車した。声をかけるとナツコさんという日本人の女性で、同じくアヤさんの小屋へ遊びに来ているということで後について歩いて行った。その時は謙虚に「ちょっとカバンをつくったりしてる」という程度にしか言っていなかったが、後でアヤさんに聞くとMe&Arrowというブランドを持っていて、結構がっつりといいカバンをつくっていることを知る。
 懐中電灯で小道を照らしながら歩いて行くといくつかの小屋が見えて来て、その先の特に小さい小屋がアヤさんの暮らす小屋だった。そこにはパートナーのKyleも来ていた。数日前にそのKyleがやっているLittle Wingsというバンドのことを聞いて、YouTubeでライブ映像を見たりして気に入っていたので、その本人がいてすこし驚いた。隣に新たに自分たちで小屋を建てているカップル(General Storeというおしゃれな雑貨屋をSFとVeniceでやっている)もちょうど来ていて、その友人たちも集まっていたりすこしずつ人が増えて来て、最終的には10人くらいでホットドッグとビールを手に焚き火を囲んでいた。あまり積極的に話に参加していくことができないので(性格的にも英語力的にも)、たまに誰かとすこし話をしてはみんなの話に耳を傾けてひとり地味にビールを飲みつづけていた。半分くらいは理解できていないのだけど。その中でもアヤさんのすぐ下の小屋に期間限定で暮らしているMikeとの出会いは特にうれしいものだった。Mikeは去年までオクラホマで自分のコーヒーショップをやっていて、そこを売ってから西海岸へ来たのだという。ポートランドとサンフランシスコですこし暮らして来て、今はマリブのコーヒーショップで働いている。それに僕が好きな古いワーゲンのバンに乗っていたり、なんだか出会うべくして出会えたような気分。その晩はMikeの小屋のソファで寝させてもらった。
 翌朝すこし二日酔い気味だったが、それでも山の中の小屋で目覚める朝は最高に気持ちがよくて、自然とテラスに出て深呼吸したくなる陽気だった。それからMikeが淹れてくれたコーヒーとアヤさんが用意してくれた朝食をピクニックテーブルで食べる。これ以上の日曜日の朝はないだろうと思うくらい。それからすこしまったりしてからみんなでサーフィンをしにマリブへ。マリブの海沿いにカイルのお母さんが暮らしていて、なぜか僕もそこへ一緒にお邪魔したり、カイルの車の助手席に乗ったり、その後夕方にはお母さんも一緒にランチとディナーの間のような食事をしに行った。それからまたトパンガへ戻り、のんびり飲みながらおしゃべりをしながら更けていく夜。トパンガとマリブのフルコースのような一日を過ごして、再びマイクのソファで寝た。
 翌朝はアヤさんマイクと三人で朝食をとり、昼前にはそれぞれの生活がまたスタートした。トパンガも時間がゆっくり流れている場所だ。期待していた以上のものがそこにはあって、きっとそういう場所なんだなと、他の人たちもここにくるとそれを感じているんだろうなと、そしてそれを感じてここに暮らすことを選んでいる人たちなんだなあと、すこし理解できた気がする。そして何よりもその機会を与えてくれたアヤさんに感謝です。失礼な言い方かもしれないけれど、頼れるお姉さんに会えた、という感じ。仕事のことですこし忙しそうだったのに、こちらにも気を配って色々と教えてくれた。またゆっくりお話ができる日がたのしみだ。実際にトパンガで知ったこと、トパンガでの出会いから繋がっていきそうなことがいくつかあるのだ。出発してからマイクの働くコーヒーショップで会った友人は、サンフランシスコでスケート系の写真の展示などをやっているギャラリーを持つフォトグラファーの弟を教えてくれた。先に書いたGeneral StoreのSF店で話をしたスタッフのRicoは、僕が写真をやっていてコーヒーも好きだと知ると、おすすめの場所をいくつも紙に書いてくれたり、話していてすごく感じもよくて仲良くなれそうな感じ。彼がもうひとつ働いている古道具屋ではzineを見てもらおうとしたら、「見せてくれる代わりにコレ。トレードだよ!」と店の棚から商品の古い栓抜きを持って来て僕にくれた。なんて気持ちのいい男なんだ。
 トパンガで、今回の旅が始まってから自分が求めていたような人やものにやっと巡り会えた感じ。そしてそこから繋がりはじめたこと、繋がっていきそうなことがまたわくわくさせてくれる。そんなことが頭の中を泳いでいるときの、サンフランシスコへ着く前日のBig Surでのキャンプは最高だった。日が落ちて暗くなる間際にたどり着いた無料のキャンプ場は、ただ海沿いの道から丘を上がっていく「道」があるだけの、キャンプ場とは言えないような場所だった。それでも海が見える道の端に小さなスペースを見つけ、車を停めて急いでテントを張った。それからコーヒーを淹れて一息ついていると真っ暗になり、懐中電灯の明かりも消すと、果てしないくらいの星空に驚いた。寒くもなかったのでテントの外にバスタオルを敷いてしばらく仰向けになった。レンタカー最後の夜にそこに居られることもなんだか感慨深くて、今までで一番のキャンプ体験だった。翌日レンタカーをサンフランシスコの宿の前に数時間停めていたら、僕の看板の読み間違えで、最後の最後で駐禁をとられた。痛い出費なのだけど、なぜかそこまで落ち込まなかった。

それぞれのスタイルを

 サンフランシスコにはやっぱり変な人がそこら中にいる。浮浪者と旅行者の境目についてすこし考えた。もちろん僕みたいな、貧乏旅行と言いながらも日々宿を確保できてご飯も食べていられる人は単なる旅行者だ。けど、路上で寝ればいいというスタイルで旅をしているバックパッカーもちょくちょく見掛けるが、その人たちと浮浪者との違いはかなり微妙なところだろう。いつか帰ることのできる家がある、というのが大きなちがいだろうか?けどそれも僕は確かめることができない。歳の問題かもしれない。彼らがもっと歳をとっていたら、疑いなく僕は彼らを浮浪者だと認識するかもしれない。これはただすこしだけ思ったこと。けどそういうことも含めて、この街には個性的な人が多くて、はじめは気後れしてしまう感じもあったけど、逆に今は「僕だって周りの人たちのことをそう気にする必要もないな」と思える。前にもこんなことを書いた覚えがある。
 今日はひとつの選択をしてみた。いつもよりもゆっくり歩くこと。ゆっくり歩いてよく見ることを心掛けた。やっぱり僕は写真を撮っていたくて、そのために物事をよく見ていたい。そのために歩くスピードを落としてみたら、気分が軽くなった。先に書いたことも含むこの街の多様な人のエネルギーもこれには関係していて、こんな色んな人がいる中で自分はどんな選択をしよう、という考えに至ったのだ。僕は写真を撮る。
 そしてもうすこしその選択を重ねていくと、どんな写真を撮るか、とかどういうスタイルで撮影していくか、とかいうことを考える。僕は写真はフィルムでしかやらないし(依頼をもらって撮った写真は今まで何度かデジタルでやったけど、今はそれについてもすこし考えている)、白黒しか撮らないし、3年前から使っているカメラのレンズはひとつしか持っていない。今は40mmのレンズしか使っていない、というか持っていないから選択肢がない。その、選択肢がないということ、言い換えると「選択肢を用意しない、という選択」も、ひとつのスタイルだと考えはじめている。もちろん、まだ写真で生活している訳でないからそういうことが言える、ということがとても大きいのは分かっている。けど、そこをどれだけ頑固にやって行けるか、そして食べて行けるのか、というのは僕も自分で楽しみなのだ。これに関しては今後のことを見てもらうしかないから、ぜひ厳しい目で優しく見守っていてください。
 もっと考えてること、書きたいことは日々生まれているのだけど、たまに思いついたときにこうして意思表明のようなものを書きながら自分に言い聞かせることも続けていく。それも必要なことだから。サンフランシスコは楽しくなりそう。


Music made my day.

 今回の旅に持ってきている音楽は、iPhoneとPCのiTunesに入っているものだけだ。けど車のFMと繋ぐあの道具を持っていないから、車での移動中は基本的にはラジオを聞いている。今いるロサンゼルスのあたりでは大体88.1に合わせる。ジャズとブルースのチャンネルだ。そして聴きたい音楽が思い浮かぶとiPhoneから最大音量で流す。といっても窓を開けて走っているとほとんど聴こえないのだけど。そして長距離を移動しはじめると、気付いたらザアーッと鳴っていたり他のチャンネルに変わっていたりして、その都度つまみをいじって気に入る音楽を探す。けど大抵の場合はアメリカの今の流行歌みたいなものかメキシカンで、そんなときはラジオの電源を切って静かに走る。
 カリフォルニアからアリゾナに入る手前の夕方、息抜きに寄ったガソリンスタンドの売店の中で、トイレから出てくるとGrateful Deadが店内のラジオから流れていた。それだけのことでなんとなく気分が良くなるのだから、音楽ってすごいななんて改めて思う。車に戻ってすぐにそのチャンネルを探しても見つからなかった。グランドキャニオンへ行った次の日の朝には、キャンプ場を出てチャンネルを回しているとBob Dylanの歌声が聞こえた。窓も開けてラジオの音量も上げて荒野を走るのが気持ちいい朝。続けて流れてきたのはThe BandのThe Weightで、なんだなんだ、というような気分で朝一番から盛り上げられる。フリーウェイへ乗る前にガソリンを入れようとガソリンスタンドへ寄ったのはちょうどその曲が終わる頃で、再び東へ走りはじめるとGrateful Dead。ラジオからそんな自分の好きな音楽が続けて流れてくるだけで、本当にそれだけでその朝は「いい朝」だということになり得る。ニューメキシコでタオスからサンタフェへ向かう途中の道は、岩の壁と川の間を下って行く交通量も少ないきもちのいい道で、その時はごきげんな乾いたブルースが流れていた。続けてピアノジャズ、その次にいきなりBob Marleyが流れ、そしてまたブルースに戻った。交通量の多い道に出たあたりで急にそのチャンネルは入らなくなってしまった。
 西へ帰ってくる時はほぼずっとiPhoneに入っている音楽を流し続けていた。ライブ版の方が眠くならないことに気付いた。さらにそれが自分で録音したものだとより一層効果がある。そんなことで、友人のライブなどでこっそり録音していたものを次々に聴いていた。Ettを聴いて郷愁を感じて、ナミさんの歌からにじみ出るものにすこし哀愁も感じたり、ツクモクのグルーヴ感に思い切り乗っかってみたり。途中からはイヤホンをつけて外の音を遮り、たまにトラックを追い抜きながら気付いたら半日で一気にカリフォルニアの手前あたりまで1000キロ近く走り続けていた。僕が行ったのはニューメキシコまでだからそう大したロードトリップではないのだけど、今までに経験のない広くずっとつづく荒野を見てきた今、ヴェンダースの映画を無性に観たい気分だ。そしてアメリカへ来てから一番聴いている曲はRy CooderのBoomer's Storyで、やっぱり今の僕はそのあたりの音楽にどんどん惹かれている。そしてそんなアメリカのルーツミュージック好きの日本のおじさんたちのかっこいいバンドをザッツが見つけた。というかこれもまたピーターバラカンさんのラジオで紹介されていたみたいだが、Lonesome Stringsというバンドで、中村まりさんと一緒に演っているアルバムを買ったようだ。電話口からすこし聴こえてきた音ですぐに僕も好きになった。Lonesome Strings、名前は聞き覚えがあるが初めて音楽を聴いた。電話でベーシストの人は今年亡くなったらしい、と聞いていたが、YouTubeでライブ映像を観ていたらその人は数カ月まえに友人がFBでその訃報を載せていた松永孝義さんだと知る。松永さんへの追悼の意を込めてつくられたアルバムも最近発売されたことを知り、迷わずamazonで買った。きっと今日中に日本の家に届くだろう。また電話口ですこしだけ聴くことができるかな。
 映画"Easy Rider"は未だに観たことがないのだけど、こんな動画を見つけたので。

Chimayo, NM & Indian Name

"Santuario de Chimayo" NM

 物心ついたときからアメリカインディアンのことに興味があった。といってもそこまで詳しい知識を持っているわけではなく、またしても自分の中途半端な好奇心に情けなさを感じる。彼らの生き方、考え方が書かれた本は数多く出版されていて僕もそのいくつかの読者だったのだけど、同時に彼らのアート、クラフトにも興味があり、特に織物の色や柄、質感に惹かれてきた。その織物で有名なブランド、ニューメキシコ州チマヨの"ORTEGA'S"に行ってきた。と、ここまで書いておいて少し不安になったので調べてみたら、チマヨ地方の織物とインディアンの織物とはまた違うことを今更ながら知った。興味がある人はこのページをチェックしてください。そんな勘違いをしつつ長年憧れていた場所に行き、ブランケットやベスト、カバンを眺め手に取り、店の奥で実際に機織りされている様子を覗いてきた。いくつもの我慢を重ねたが、ここでの出費は想定内なのだ、とカバンを購入。その近くにはこちらも有名なSantuario de Chimayo(チマヨ教会)があり、そこは万病に効くという「奇跡の砂」があることでも知られている。復活祭のころには十何万人という信者が集まるらしく、何百キロも十字架を背負って歩いて来る巡礼者もいるのだそうだ。長い距離を歩く、ということにやっぱり僕はなにか惹かれるものがある。数年前の、自分の名古屋から葉山までの徒歩旅行はただの好奇心で行ったものだが、アメリカインディアンのロンゲストウォークや、10代のときからなぜか20代のうちに行こうと決めているフランスからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路など、大きな思いを込めてひたすら歩き続けるという行為のもつ力を疑いなく信じる。チマヨ教会はそんなに大きな教会ではない。中に入ると前の方の席に数人座っている人たちがいた。その人たちは僕と同じく観光客なのか、地元もしくはどこかからやってきた信者なのかはわからなかった。その中でひとりすこし前屈みになってうつむいている、なにか祈っているような老人男性が見えたので、その二列後ろの席に座った。静かだった。誰か入り口から入ってくる人の足音がたまに聞こえてくる。中はすこし涼しくて空気(雰囲気)がシーンとしている。これはどこの教会にも通じるかもしれないけど。僕はキリスト教徒ではないし祭壇で磔にされているイエス・キリストに向かって本気で祈ることはしないが、その日は何かに向かって祈りを込めた。そこにいる何かを祈っている人たち、特に目の前の老人のその姿は本物だと思えたし、なんと言うか、僕はその人たちの祈りに乗せて祈った、という感じがしている。神聖な雰囲気の漂う空間で、その中で祈ることですこしでも何か大きなものへと通じてほしいと、周りの人たちから発散される祈りの神聖性に思いを馳せて便乗しようと試みた感じ。どういうふうに捉えられるか分からないけども、その時の僕はそうした。そしてしばらく座ってぼんやりしていると、前の老人は祈りを終え、立ち上がり通路へ歩き出した。そこで急に片膝を地面について、3秒ほどして立ち上がり、また外へと歩いて行った。僕にはその行為は何か意味のあることだったのか、ただ膝が痛んだというだけだったのかはわからないが、目を奪われてしまってずっと横目で眺めていた。
 インディアンのネーミングセンスにも感動した。Taos Pueblo内にある彼らが自分たちで営んでいる数々のお店の名前が、特に印象に残るものが多かった。あと車で走っていたときに見かけた地名も含めて、いくつか例を挙げる。
- Good Water
- Dead River
- SUMMER RAIN GIFT SHOP
- MORNING TALK INDIAN SHOP
- EVENING SNOW COME GALLERY
わかりやすい簡単な言葉しか使っていないのに、使っていないから、そこから見えてくるものがシンプルだけど豊かで物語的なのだ。こんなに潔い名前は気持ちがいいなと、妄想の中で将来やろうと思っているコーヒーショップの屋号をずっと考え続けている自分は気が楽になった。
- MORNING BIRD COFFEE
最近家族にインコが一羽仲間入りしたということもあるが、鳥が鳴き始める朝方にコーヒーを淹れ、本を読んだりおしゃべりをしたり朝一番のコーヒーブレイクをとっているときにだんだん日が差して来て、鳥たちが庭先にチュンチュン飛んできたらどんなにきもちいい一日のスタートだろう。ちなみに日本語表記になると「朝鳥珈琲」チョーチョーコーヒー。旅は学ぶものが多い。

Madrid, NM


"Java Junction" Madrid, NM

 ニューメキシコ州AlbuquerqueからSanta Feへはフリーウェイには乗らず、すこしだけ遠回りしてTurquoise Trailと呼ばれる州道14号線を走って行った。その日の朝にモーテルのロビーでたまたま見つけたチラシがその道を紹介するものだった。その名の通りかつてはターコイズ(トルコ石)が採れる地域だったらしいが、今はもうその沿線のほとんどはゴーストタウンになっているようだった。その中でMadridという町は観光地らしくショップやカフェ、ギャラリーが街道沿いに並び、路肩にはたくさん車が駐車されていて、店から店へと歩いている人たちがいた。そしてそのほとんどが紙コップを手にしていたのも印象的だった。スピードを落とし辺りを見回しながら一度町の果てまで行ったが、引き返して適当な空き地に駐車した。ちょうど隣に一台停まっていた古いピックアップバンの持ち主が戻ってきたので、ここに停めていいか確認した。僕のイメージする"カウボーイ"そのままの出で立ちで、年季の入ったヒゲをたくわえたおじさんだった。この町はきっとおもしろい、とわくわくが高まる。
 マドリッドはここ十数年で芸術家などおもしろい人たちが移り住んできて、また新しい時間、文化の流れが生まれている町なのだそうだ。確かに、いかにもアウトサイダーだなと感じさせる人をよく見掛けた。ニューメキシコの中の小さなヒッピータウンという感じだろうか。カメラと財布だけ持って町を歩く。午前10時、ちょうど店を開けているところだったギフトショップに入った。ひとつ大きなラグマットを気に入ってしまい、しばらく悩む。店員の女の子はさっき道の向かいの店で挨拶を交わした女の子だ。歳は同じくらい、今までに見たことのないほどきれいなエメラルドグリーンの目をしていた。話をすると僕が今回の旅で最後に行く、オレゴン州Portlandの出身だという。そんなことですこし会話をしながら、ずっとラグをどうしようか迷っていた。最高に好みの色と柄だが、2週間後にはまたバックパックでの旅になるのでこの荷物は大きい。結局、今は決められないからきっとまた来ると伝え、閉店時間を聞いて店を出た。その彼女もやっぱり紙コップを手にしていた。街道沿いの小さい町なので一通り見て回ってもそんなに時間はかからず、車に戻る前にカフェに寄った。JAVA JUNCTIONという、カラフルでゆるくてかっこいいセルフスタイルのカフェだ。みんなが手にしていたのはここのコーヒーだったのだ。常にお客がいて繁盛していたが、女性がひとりで切り盛りしていた。けれど忙しそうとか大変そうという雰囲気はなく、この店がもつ時間の流れの中で物事が動いている、という感じ。それにここには誰も急いでいる人はいない。店の二階ではB&Bも営んでいるようだった。オリジナルのグッズの数々にプリントされている言葉は"BAD COFFEE SUCKS"。いいカフェがあると安心する。自分の居場所ができる感じ。この旅の間、何度も改めて感じていることだ。
その日の夕方、サンタフェからの帰りにはやっぱりこの道を選んでまたマドリッドへ寄った。そして例の店へ行き、また悩む時間が始まる。小さなサイズの方にしようかとか、どうやってバックパックに括りつけようかとか。「本当に気に入ってるならその大きな方にすればいいじゃない。バックパックに括りつければ大丈夫。」と簡単にいう彼女は、僕のバックパックにはすでにテントと寝袋、あとサーフボードを車に取り付けているキャリアも括りつけなければならないことを知らない。気付いたら閉店時間まで悩み続けていたが、結局購入した。
 二日後、ニューメキシコの旅に満足し、再び西へと走り始める前にもう一度マドリッドへ寄った。ラグを買ったGhost Town Trading Postにも顔を出すと、この町に似つかわしいすこしファンキーでクールなおばさんがその日は店番をしていた。名前はBrent。そしてなんと彼女はSan Francisco出身だという。こんなニューメキシコのたまたま寄った田舎町で、気に入ったひとつの店の店員ふたりが西海岸のこれから自分が旅する町の出身だなんて。アメリカへ来ても、狭い世界だなあと感じることに。Brentも"Small world!!"と叫んでいた。さらに前回いた女の子の名前はStellaだと聞いたが、僕がアメリカへ来てから買ったスケボーのブランドはStella Longboardsだ。ご縁だなあとうれしくなり、自分の写真のzineを渡して、Brentも撮影させてもらった。zineも気に入ってくれて、そのときに入ってきたBrentの友人のヒッピー風のお兄さんは、「このレコードはボブマーリーか?この壁に吊るしてあるのはただのドライフラワーか?それともマリファナか?」と僕の写真を見ながらうれしそうに言ってきたり、そんな笑って話ができる時間が心地よかった。きっとここへもいつかまた来ることになるだろう。
この店の二人はもちろんそうだし、あとあのカフェも、どこかカリフォルニアの持つ雰囲気に似ていた。見えないところで何かが繋がっていること、そしてその何かの中に自分もすこし仲間入りしているような、その感じが旅の途中では特にうれしい。ロサンゼルスまで、寄り道もせずにまっすぐ走りつづけた。

Driving back to west.